エファテ島一周ツアー   (Jan 8, 2005) (2011/1/1改版)

ほぼ円形のエファテ島を時計に見立てると、首都ポートビラは8時、小生が着任早々に現地語研修で訪れたエパウ村は3時の位置にある。やはり島を一周しないとバヌアツに来た気分になれないので、暮れの一日、一周160kmのバスツアーに乗ってみた。ちなみに料金は7千円相当。

乗る人が少なく、道路事情も良くないバヌアツには、大型バスが一台もない。この日は予定よりも客が増えて20人乗り「大型」に変更になり、出発が1時間近くズレたが、この程度の遅れは「バヌアツ定刻」の範囲内である。途中のエトン村で橋の開通式に出くわし、えらいさんの長演説で足止めを食らうハプニングもあったが、休憩短縮で調整したらしく、ポートビラ帰着は予定通りの夕方5時過ぎだった。

エファテ島一周ツアーは、静かな入り江で泳いだり、カスタムビレッジ(伝統的な生活を見せる観光村)を見学したりという程度で、既に島の様子をある程度知っている小生には、大きな驚きは無かったが、島北部の、時計で言えば10時から2時にかけてのあたりには、第二次大戦時に米軍が日本軍の南下に備えた軍事施設の痕跡があちこちに残っている。ガダルカナルを「餓島」と呼ばざるをえなかった日本軍と、その眼前でコーラ飲み放題、空き瓶を惜しげもなく投げ散らしていた米軍との物量差を見るにつけ、今もって痛切に感ずるものがある。

最初の休憩はバナナ湾。オーストラリア人が待ちかねたように飛び込み、なかなか上がってこなかった。
エトン村でEUが援助した橋の開通式に出くわし、エライサンの大演説で40分近く足止め。お清めにブタを犠牲にするのがこの国の風習で、演説が終わると、ブタ君は頭部に棍棒を一発食らって往生。
渡り初め。赤シャツのオジサンが一人で盛り上げていた。 
エプレ川をカヌーで下る。10人乗せて一人でこぎ下るのは結構な重労働。
オバサンは川へ洗濯に、
 
カスタムビレッジでは模擬結婚式を見せた。ブタは花婿側からの結納品。
新郎新婦がイモを食べ合うバヌアツ風の「三々九度」。

イモやバナナを蒸したものにココナツのクリームをかけて食べる現地食。

エファテ島北端の風景。海岸には今も緑色のコーラ瓶の破片が散乱している。
米軍が東海岸沿いに造成した作戦通路跡(この写真は以前エパウ村滞在の折に撮った)
島一周道路自体が米軍の軍用道路だった。北部には飛行場や基地跡があちこちに残っている。海岸に捨てられた戦車が朽ち果てるのを待つ。
拾った米軍用品を展示。米国各地の工場銘入りコーラ壜のコレクションが自慢で、商売ネタ。
ポートビラを遠く望むクレムヒル。この急坂はバヌアツ名所で、眼下の道路まで一気に下る。右上にハイダウェイ島。
ポートビラ国際空港は旧米軍が作った野戦飛行場。地形の制約で滑走路延伸が難しく、大型機の直行便が入らないのが悩み。
クレムヒルの茶店ではゲッコー(ヤモリ)を飼っている。小さいのはどこにでもいて、チチチチと鳴く   

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