以前にも書いたが、バヌアツ人の言語生活は複雑である。日常の生活言語は集落毎の伝統言語(Local Language)だが、現在も110種以上残っており、言語構造に共通性があるものの、殆ど通じあわないらしい。彼等が集落外で使う共通語はビスラマ語である。これは19世紀後半に白人の下で働かされたメラネシア人の間に発生した業務用の言語で、ブロークン英語とメラネシア伝統言語とが混然一体となったものである。

バヌアツの公用語は最近まで英語と仏語だけだった。学校教育は現在も集落毎に英・仏語の何れかが用いられているが、初等教育にあたる現地人教師の英・仏語力が十分とは言えず、生徒たちの英・仏語も「かたこと」の域に留まってしまうようだ。しかし高校以上では教師もエリートで、オーストラリアやフランスの高校生と同じ教科書が使われることもあり、高等教育を受けたバヌアツ人の語学力は瞠目すべき高レベルで、小生などは職場で恥ずかしい思いをすることが多い。

ビスラマ語は公用言語に加えられ、国会でも使われるようになった。しかし学校では禁止のため教科書もなく、標準化は進んでいない。発音は地域によって違いがあり、聞こえたまま綴られるので、同じ単語でもスペルがまちまちになる。オーストラリア人の言語学者が標準化を目論んで作った教則本と辞書はあるが、増刷されないので手に入り難い。

ビスラマ語はブロークン英語が母体であるだけに、我々にとっては習得しやすい面がある。例えば

  1. 名詞に格変化がない(英語の I、my、me は全て "mi" で用が足りる)。
  2. 動詞の時制変化がない。過去は bin、未来には bambae を付けて区別。
  3. 疑問形がなく、語尾の抑揚や前後の文脈で判断する。
  4. 前置詞は long, blong の二種類。blong は英語の of に相当し、他は全て long。
  5. 母音は5種類(a, e, i, o, u)で、日本語と同じ。
  6. 名詞、動詞、形容詞には英単語くずれが多く、見当がつけやすい。

従って、若干のルールを憶えてしまえば、書かれたものはおおよその意味がつかめる。話し言葉も同様の筈なのだが、現地人同士は猛烈な早口で話すので、小生には殆ど聞き取れない。もっとも、日本人の若い隊員たちは2ヶ月も経たないうちにBislamaで会話が出来るようになるから、これは個人的な聞き取り能力の差(+年齢?)によるのかもしれない。ちなみに彼等の英語も訛が強い上に早口で聞き取り難く、会議でビスラマ語だと思って聞き流していると、実は英語だったりして慌てることがある。

右は日本でも見かける宗教団体が立てたポールで、英語は「May Peace Prevail On Earth」、ビスラマ語は「Bambae pis stap long wol」。Bambae=未来形の標識、pis=Peace、stap=stay、long=前置詞、wol=World で、わかったような気分になる。

以下は旧約聖書の冒頭部分だが、これがスラスラ頭に入れば、あなたはもうビスラマ語の達人。
(注:"i"は英語の一人称単数ではなく、目的語を伴うことを示すマーカー。主語は省略されることが多い。)

ご参考:英文聖書の冒頭部分