山や風景の写真を撮るのが趣味と言いながら、撮影が目的のツアーに参加したことが殆ど無い。「不熱心」と言われればそのとおりだが、定番の撮影ポイントで大勢の「撮り天狗」と三脚を並べて撮るのは気が進まない。シロウト用の機材で肩身が狭いこともあるが、同じ場所で同じ時にシャッターを押して同じ写真を撮ってもつまらないと思う。とは言っても、独自の撮影スポットを求めて山野を彷徨する根性もなく、もっぱら「旅のついで撮り」を流儀にしている次第。
そんな小生だが、行きたい「定番ポイント」が無いわけではない。中国雲南省の「梅里雪山」がその一つで、秀麗な山容は他人の作品で食傷する程見たが、やはり造化の神の奥義の技は現物を見るに限る。撮影ポイントの「飛来寺」はミャンマー国境に近い少数民族の集落で、英語はおろか北京語も通じないと聞く。個人旅行はムリで、適当なツアーがあればと思っていた矢先、写真仲間からお誘いがあった。秘仏の如く滅多に姿を見せない山らしいが、飛来寺に3連泊してチャンスを狙うという。その根性の企画にも感服し、一も二もなく参加を決めた。
飛行機を2度乗り継ぎ更に2日間バスに揺られ、飛来寺に着くのは出発して4日目の夕方。多少早く着けるルートはあるらしいが、飛来寺は標高3400mの高地で、途中に4300mの峠越えもある。中・後期高齢者の山岳ツアーは高度順応が肝要で、敢えて時間をかけて高度を上げる旅程を組んだという。事前説明会で低酸素室に入って疑似高所体験をする念の入れようも気に入った。
旅の様子を前後2回でレポートする。今回は飛来寺までの前半。メインの「梅里雪山」は後編(1月号)に乞うご期待!
第1日目:羽田発上海行きの国際便を初体験。エンジン不調で滑走路端から引き換えして出鼻をくじかれたが、乗り継ぎ便に余裕があって昆明には予定通り深夜1時着。街路にネオンが点り、どうやら雲南省都も不夜城になったらしい。
第2日目:ホテルを朝7時に出発。広い国土を北京時間で統一している中国では、経度で北京より14°西の昆明はようやく薄明るくなったところ。朝の通勤の様子を撮ろうと街路に出て、無灯火で音もなく走るバイクとぶつかりそうになった。バイクとスクーターは殆どが電動式で、中国の「エコ」は意外に進んでいるようだ。
山深い風景の上を1時間飛んで麗江に着く。出来たばかりの空港ターミナルは堂々たるもので、躍進中国の熱気が最奥の地方都市にまで及んだことを感じさせる。アクセス道路が工事中で猛烈な悪路だが、ともかく新空港をオープンさせるのが中国流らしい。
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麗江はその名のとおり「水の都」。網目のように巡らされた水路に伝統建築が映える。800年前にナシ族が築いた町で、チベットと雲南を結ぶ「茶馬古道」の交易地として栄えた。現在も住民の大半がナシ族で、少数民族の伝統文化継承が認められ、1997年に「ユネスコ世界文化遺産」に登録。1996年の地震で建物の多くが倒壊したというが、その痕跡はない。世界遺産登録が復旧・復興に役立ったのだろう。中国人に人気の観光地で平日も賑わっているが、それだけ商業化が激しく、テーマパークのようでもある。
我々の麗江滞在の目的は「玉龍雪山の撮影」と「高度順応」。玉龍雪山は麗江の北15㎞に聳える標高5596mの名山で、こんな山を見ると写真屋はソワソワし、名所旧跡の観光よりも山の夕景撮影に心が走る。午後の観光先「白水河」の帰り道でバスを停めて撮ることにする。高い山を足元から撮るのは難しいものだが、標高3千m超での行動は高所順応にもなる筈。
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白水河は玉龍雪山の南東麓にある景勝地で、キャッチフレーズは「ミニ九寨溝」。一人220元(約3300円)の入園料はテーマパーク並みだが、他の山岳観光地でも高額の入域料を徴収しているようだ。日本の国立公園はタダだが、中国では「遊びはカネがかかる」が通念らしく、高額な入園料でも払えるだけ豊かになったのだろう。
駐車場で専用バスに乗り換えて10分ほど走ると、コバルト色の水をたたえた湖畔に出る。渓谷に池が階段状に4つあり、その間に石灰テラスと瀑布が懸る風景はまさに「ミニ九寨溝」(ホンモノは見てないが)。だが、石灰テラスを近くで見るとコンクリート製の「人工物」。瀑布は下から見ると自然そのもので、アップで撮ってもバレない出来ばえだが、滝の落ち口がいかにも不自然。全部が作り物と分かると、コバルト色の水も混ぜ物を疑いたくなる。
九寨溝の贋物でシラけた上に天候も怪しくなり、玉龍雪山の夕景撮影は断念。イソップの「酸っぱい葡萄」ではないが、南北に連なる高い山の夕景を東麓から撮っても「絵」にはならない。成果は高度順応だけでヨシとすることに。
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玉龍雪山撮影の代案で南麓の村「白沙」を観光。ナシ族が麗江に都を移す前の本拠地で、麗江ほど観光地化しておらず、鄙びた村に少数民族独特の生活感が漂い、なかなか良い雰囲気。白水河でシラケた気分が少し癒された。
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第3日目:朝の玉龍雪山をどこから撮るかで議論になった。以前に来た人はその時のスポットを主張するが、ホテルのベランダも案外良さそうだ。結局夫々思い思いの場所で撮ることになり、小生は現地ガイドが薦める市内の小高い丘へ。ヘッドランプを点けて行ってみると寺門があり、開門は7時。それ迄待てずに丘上で撮影場所を探し回るが、樹木が邪魔で山が見えない。やっと切れ間を見つけたものの市街地のビル、無線塔、送電線など邪魔物だらけ。日の出が迫って他を探す時間がなく、超望遠で山頂部分をドアップで撮る苦し紛れの作戦にした。
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朝の撮影を終えてバスで香格里拉へ。南北35㎞の長大な玉龍雪山の西裾に沿って走る。沿線の風景に変化があり、違った角度から玉龍雪山を眺めるのも楽しい。
香格里拉は「Shangrila」の当て字。ジェームス・ヒルトンの小説「失われた地平線」に出てくる桃源郷の架空の地名で、映画化された際に中国の数か所から「当地がモデル」と手が上がって「本家争い」の末、中央政府がこの地を「シャングリラ」と公認、2002年に「中甸」を「香格里拉」に改名したという。中国らしくない騒ぎに思えるが、逆に「らしい」と考える人もいるかもしれない。
香格里拉は夕着朝発で観光なし。市内を見た限りでは味気のない新興都市で「どこが桃源郷?」と思ってしまう。埃っぽくて粗野な印象は西部劇の新興宿場を思わせるが、時勢で無秩序に発展しているところが似ているのかもしれない。「桃源郷」になれるかどうかは今後の中国の成熟の仕方次第だろう。
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第4日目:標高3300mの香格里拉から1000mの谷に下り、登りかえして4400mの峠を越え、眼下にメコン川を望む標高3400mの飛来寺へ。垂直に近い崖面をV字刃で横に削り込んだような山岳道路で、山側の頭上に今にも落ちそうな巨岩がせり出し、谷側は文字通り千尋の谷。ガードレールのない急カーブの連続に手に汗を握る。事故の痕跡がないのはサッサと片付けてしまうからだろうか。
加えるに、我々の運転手はひっきりなしのケイタイ通話で、ギアチェンジ時はハンドルが両手放しになる。「雲南省で日本人中高年の団体を乗せたバスが・・」の新聞の大見出しが脳裏をよぎるが、ヘタに注意をしてキレたらもっと怖い。ここは熟達の技量に命を預けるしかない。
そんな山岳道路のあちこちで改修工事が急ピッチで進んでいる。機械力を駆使した突貫工事で、「列島改造」ならぬ「大陸改造」の勢いは止まりそうもない。その分地球破壊も加速することになるが、中国が反省するのはだいぶ先になりそうだ。
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