牛はいったん胃に送った食物を口に戻し、時間をかけて咀嚼し直す。そうすることによって消化しにくい草が栄養分になる。人間にとって、「異文化」は消化しにくい食物のようなものである。飲み込んで味を知ったような気分になっても、自分の骨肉にはなり難い。時間をかけて反芻することで、自分にとって何らかの意味をもつものになるような気がする。

バヌアツでの2年間のボランテイア生活を終え、10月7日に帰国した。モノや情報が溢れかえり、ものごとが秒単位で動いている日本。あわただしいだけでなく、不正事件や親殺し、子殺し、いじめ自殺のニュースばかりで、こんなにイヤな国だったのか、と改めて考えてしまう。その要因は、「お金」中心の価値観や、その対価として失った家族や共同体的な絆の崩壊にあるように思われる。その意味では、日本をイヤな国にしてしまった責めの大半は、やみくもに経済成長に邁進する一方で、新たな人間的な価値観を構築できなかった我々の世代が負わなければならないのかもしれない。

バヌアツを「世界一幸せな国」とした英国のシンクタンク nef のレポートに対して、「外国」を知るバヌアツ人は抵抗感を示した。電気のない家庭が8割、文明から取り残され、6年間の義務教育も満足に受けられないバヌアツ人を「幸福」と決め付けたことに、白人の傲慢さを感じたに違いない。現地人と一緒に仕事をしていた小生にも、その感覚は伝播していた。だが、テレビもなく、世界の情報から隔絶された一般のバヌアツ人達には、自分達が「世界一幸福」と知って、単純に喜ぶ姿も多く見られた。

「幸福度指数」については別ページを参照いただきたいが、ここでは「人生への満足度」に注目してみたい。このデータは各国での聞き取り調査に基づくものらしい。この種の統計の客観性には議論もあろうが、しかし結果を見ると、それなりに実情を反映しているようにも思われる。

「人生への満足度」(Life Satisfaction) スコア (同列スコア内の一部の国をピックアップ)

高スコアの国々

8.2(最高点): スイス、デンマーク 
7.8: オーストリア、アイスランド
7.7: フィンランド、デンマーク、スウェーデン、ルクセンブルグ、バハマ
7.6: ルクセンブルグ、カナダ、ブータン、ブルネイ
7.5: オランダ、コスタリカ、マルタ
7.4: バヌアツ、ノルウェイ、マレーシア、ベネズエラ、ニュージーランド、米国

日本と同レベルの国々 6.4: フィリピン 、チェコ、チュニジア
6.3: ギリシャ、ブラジル、中国、キューバ、ニカラグア、パプアニューギニア
6.2: 日本、ガボン、ガーナ、イェーメン
6.1: ポルトガル、タジキスタン、スリランカ
6.0: イラン
低スコアの国々

4.3: ロシア、ブルガリア、パキスタン
3.5: ウクライナ
3.3: コンゴ、ジンバブエ、
3.0(最低点): ブルンジ

国民の満足度の高い国々には、北欧などの高度福祉国家のほか、経済的にはそれ程豊かでなくても、自然が豊かで争いごとの少ない国が高いスコアを示している。一方、スコアの低い国々には、アフリカの最貧国と並んで、旧ソ連圏の国々が軒並みに出てくる。

日本国民が自覚する「人生満足度」6.2は、178ヵ国中95位で、これは平均寿命や環境負荷度を含めた「総合スコア」の順位とも一致している。このスコアは、いわゆる経済先進大国の中ではダントツに低い。これでは、「美しい国だから愛国心を持て」などと言われても、大半の国民はシラケるのは仕方がないだろう。

バヌアツは国連が定めた「最貧国」の一つである。しかも統計上に現れる経済活動の殆どは居留する白人や中国系の人達によるもので、21万の原住民の殆どは、小集落内で成り立つ自給自足の生活をしている。小生は「縄文時代さながら」と形容するが、「石器時代」という人もいる。経済活動を盛んにしたくても、天然資源がなく、電力も大量交通手段も無いから、近代的産業の起こしようもない。

そのような貧しい環境の中で、バヌアツ人は、最高度の福祉国家に住む人達に準ずる満足感を持って生きている。このことはデータの上だけでなく、元気一杯で底抜けに明るいバヌアツの子供たちを見れば、誰でも納得するだろう。この要因は、自然の食料に恵まれていること、「お金」への欲がないこと、家族や共同体の絆の中で不安なく暮らせること、と言うことができるだろう。これらは日本をイヤな国にしてしまった要因の裏返しである。

「お金」は便利な道具だが、お金の欲にとらわれると、人の心が貧しくなりがちである。貧しい心の人が集まった社会が住みやすい筈がない。

バヌアツもお金が回り始め、我々が辿ったと同じような経済発展を目指せば、遅からず桃源郷ではなくなってしまうだろう。資源の浪費も進むに違いない。バヌアツ人に「石器時代」に留まることを強要する権利は、我々にはない。我々の過去の「発展モデル」の伝授もするべきではないだろう。やるべきことがあるとすれば、地球上の人達全部の「幸福度指数」がなべて上がるような、新たな発展モデル創りに共に手を携えることではないだろうか。

nef のレポートの原典を調べた方はお気付きだろうが、この調査のリーダーは、環境保護で急進的な活動をする団体 「グリーンピース」に関わっている人である。「グリーンピース」の活動には批判もあるが、21世紀の人類にとって、地球環境の保全が最大の課題であることに異論はないだろう。この課題を様々な角度から追求することが、様々な価値観を持つ人達に共通の場をもたらすような気もするのである。