バヌアツの北の島から始めた民話の紹介は、南下しつつようやく首都ポートビラに到達した。小生になじみのある地名も出て来るので、民話のストーリーに現実感を覚えながら翻訳作業をしている。

右は Google から拝借したエファテ島の南西部、首都ポートビラ周辺の地図である。首都といっても、4万の人口は中央の楔形の市街地に集中しており、今回の民話に出てくるイフィラ島やパンゴ半島には、今も昔ながらの小集落が点在しているだけで、首都近郊といったモダンな雰囲気は全くない。

原始さながらの集落に住む住民も、その多くが都心(?)の職場に通勤したり、市場に物売りに出かけたりして暮らしている。陸上の交通機関は、個人経営の乗合タクシー(ミニバス)しかない。この商売は手っ取り早い現金収入の道なので、過剰と思われるほどたくさん走っている。都心部は100円均一、郊外でも200円程度の料金でどこへでも行ってくれる。韓国や中国で十分に使い込んでから輸入された中古車(太古車?)ばかりだが、故障の少ない日本ブランドに人気があるようだ。島との交通機関も個人経営の水上タクシー(スピードボートと呼ばれる)で、格安の運賃で頻繁に運行されており、日本の過疎の村よりも便利かもしれない。


バヌアツでは、太陽が昇ると自然が笑みを浮かべる。海辺の眺めには目を見張るばかりだ。浜辺に大きく垂れ下がったナバングラは、日の出から日没まで、太陽の輝きが澄みきった海面に反射するのを見下ろしている。波打ち際から山の頂まで自然が息づき、ノトウがさえずり、貿易風が深い森を吹きわたる。森に住んでいる人たちは幸せだ。一枚岩の上に乗ってしまいそうな村や、川の土手に隠れてしまうような小さな村に住む人たちは、何事にも煩わされることなく暮らしている。バヌアツの村はダンスの場でもある。広場でもナカマルでも集会所でも、ダンスはどこででも始まる。広場は竹を編んだ壁とナタングラで葺いた屋根の小さな家に囲まれている。村には畑があって、村人は一日の殆どを畑で過ごし、祭礼用のヤムイモを敬いつつ愛情を注いで育てる。タロイモ、サツマイモ、バナナも植える。ブタを飼う囲いもある。ブタは昇格や割礼の儀式、和平の儀式、時には戦争や葬式の場でも供される。

太陽はトーレス諸島から昇り、バンクス諸島を通ってサント、マレクラ島へと進む。ペンテコストやアンブリム、エファテを照らすのも忘れない。そうしてからタンナ島の方に落ちて行き、途中でアニワ島を照らし、最後にアナイチョム島で一日の旅を終える。昼間は万物が照り輝き、安寧の時である。太陽があるかぎり、この国の人は幸せを感ずる。だが、太陽が他の場所を照らすために水平線に隠れると、事態は一変する。島々に夜の帳が落ちるのは本当に早い。闇が万物を侵略し、海、砂浜、樹木、森や山々、村、人間まで別ものに変えてしまう。フクロウが目を覚まし、悪魔たちが現れる。

悪魔はいろいろな姿で現れる。鉤爪が生えていない悪魔もいるし、地面に着きそうな程長い髪や長い耳を持っているのもいる。蝙蝠が木から逆さまにぶら下がるように、ガジュマルの樹に逆さまに下がっている枝は、ひょっとしたら悪魔かもしれない。バヌアツの夜の時間は哀しい。特に月が煌々と照らしているときはそうだ。一本一本の木の後ろに命が潜んでいる。それは霊であったり、悪魔であったり、半悪魔であったり、幽霊であったりする。忘れてならないことは、この国では、人は死んだら、生きているものの邪魔をすることになっているということだ。眠っている人の足の裏をくすぐる超自然の生き物は、タガロの国では「ツイ」と呼ばれている。トンゴアでは、あいつらは長い髪をしている。シェパード諸島やエマウ、ウグナではサンガレガレ、大都会ポートビラの対岸のイフィラ島ではムツアマと呼ばれている。

早い話、あなたがこの話を読んでいる時でも、あなたの周りを悪魔がウロウロしている。ビシュラマ語で、そういう悪魔をリセプセプという。ご注意申し上げておくが、この話を読んでいるあなた、あなたの背後に悪魔が居るよ!だが、どんなことがあっても振り向いてはいけない。先ずこの話を読み進めることだ。

ポートビラの西の湾内にイリリキ島がある。その後ろに見えるのがイフィラ島だ。イフィラ島の左側にエファテ本島が回り込み、島との間をワラオルア海峡が隔てている。ワラオルアの村もそこにある。村の背後にツモという丘がある。その昔、その丘のてっぺんに、小柄で髪が長く、胸がだらりと垂れ下がった悪魔がいた。ムツアマと呼ばれていた。

村人が炊事をする時、囲炉裏から湯気の立ったラプラプを取り出すと、葉っぱの焼け焦げた匂いとヤムイモの蒸しあがった匂いが漂い、それがツモの丘のてっぺんまで届いて、ムツアマの鼻をくすぐった。悪魔は、自分の止まり木から村を見下ろして舌舐めずりをした。村人が子豚やココナツのミルクで煮た魚の供え物をしてくれると思うと、よだれが垂れた。鼻をクンクンさせたが、何も食いものがなさそうなので、ムツアマは機嫌が悪くなった。

匂いをかくだけではしょうがない。ある日、ムツアマは両足の間に頭をつっこんで座り、真剣に考え始めた。

「真っ昼間に村に行ってみよう。ゆっくり、注意深く台所に忍び込んで、何もかも盗むのだ」

太陽はまだ天高く輝いていた。男たちは畑に出て、女や子供たちは浜辺で貝を拾っていた。ムツアマは髪を頭の後ろになびかせて丘を駆け下り、村に入った。台所に忍び込んで見まわすと、サヴァカというバスケットがあった。そのバスケットは、年配の女たちが大事なものを入れておく特別なもので、台所の真ん中に下げた豚の丸い牙に掛けておく。ムツアマは、バスケットの中を調べると、かたっぱしから腹の中に詰め込み始めた。本当に久しぶりだった。なかなかこんな具合には行かないものなのだ。他の台所にも行ってサヴァカを探し、中のものをむさぼり食った。村中の台所という台所が全部空になるまで食い続けた。十分に満足したムツアマは、満腹の腹をかかえ、ニタニタと呆けた笑いを浮かべながら丘を登った。

ワラオルアの村人が畑や海辺から戻って、びっくりした。泥棒に入られたのだ!いったい誰だ?誰がこんなことをするのだ?泥棒は誰だ?村人たちは腹を立てたが、寝てしまった。

時が少し経ち、ワラオルアでは、大宴会のためにヤムイモ、タロイモ、キャベツ、羊歯の葉と貝、ココナツミルクと子豚を混ぜたごちそうを作った。その匂いが風に乗ってツモの丘のてっぺんまで昇って来た。ムツアマは村人たちが料理を作るのを眺め、その匂いをかいですっかり興奮してしまった。

「あのバカどもは、俺の生涯で最高の食い物を作っているぞ。子豚入りのヤムイモ、羊歯の葉でくるんだヤムイモの良い匂い、ナセセ、魚、ナウィタ。鳩と蝙蝠の蒸し焼きの匂いもするぞ。有難うよ!お前たちが畑に行っている間、俺はごちそうになりながら、お前たちのことをありがたいと思ってやるぜ。この指で鶏を引き裂き、豚も全部食ってやる。俺のことを考えてくれて、本当に有難うよ!礼を言うぜ!」

太陽が昇り、ワラオルアの全ての人が活動を始めた。ある者は畑に行き、ある者は魚獲りに、またある者は狩に出かけた。ムツアマは丘のてっぺんから、全員が出かけるのを眺めていた。

「そうそう、子供も外に出るのだ、楽しくやれ。俺にうまいものを取っておいてくれ」

ムツアマは飛ぶように丘から降りて村に入ると、左右を見て、ある家に忍び込んで台所を漁りまわり、サヴァカを見つけて、中のものを貪り食った。別の台所に行き、そこでも真ん中に吊るしてあったサヴァカの中のものを、手当たりしだい食った。腹がいっぱいになって満足し、物かげに隠れた。夜になって村人たちが帰ってきた。ムツアマは、闇に乗じて逃げられるようになるまで、どこか木の中で身を隠すしかなかった。村の中央に葉を茂らせたパパイアの大木があった。ムツアマはその木に登って、葉の中に姿を隠した。ここならば絶対に見つからないと思ったのだ。ところが、満腹の腹をかかえてしまうと、木につかまってじっとしていることが出来なかった。

最初に村に帰ってきたのは子供たちだった。親たちが戻る前に少し遊んでおこうと思ったのだ。一人の子がパパイアの木に近づいて見上げると、突然叫んだ。「おい、木に中にムツアマが隠れているぞ!こっちへ来て見ろ!あそこにいるぞ!食いものを盗んだやつだぞ!早く来て見ろ!」

他の子供たちも寄って来て、大騒ぎになった。子供たちはパパイアの木を囲んで踊った。村には畑に行かなかった老人がいた。子供たちがムツアマの名前を叫んでいるのを聞いて、家を出てその騒ぎの方へ行った。老人は木の中に隠れていたムツアマを指さし、子供たちを制して行った。「騒ぐな、騒いでもしょうがない。わしは歌を知っている。ムツアマが嫌いな歌だ。見ていればわかる。わしがその歌を歌うと、ムツアマがパパイアの木から落ちる。落ちたら、好きなだけ矢を射かけたら良い。ムツアマを退治できる。だから騒ぐな。弓矢を持ってきて、わしの後に続け」

子供たちは老人の言ったとおりにした。家に帰って弓と矢を持ち、パパイアの木のところに戻った。子供たちは老人を見て待った。老人はムツアマに少し近づき、口の隅にちょっとだけ笑みを浮かべて言った。「子供たちよ、これから歌うからな。わしが歌うと、先ずあいつの右の腕が縮んで体の中に引っ込む。次に歌うと左腕も無くなる。両腕が無くなったら、次の歌で両足が引っ込む。いいか、ここが肝心だぞ。わしが歌っている間に弓矢の準備をしておくのだ。ムツアマが木から落ちたら、好きなだけ矢を射ればよい。わかったな?」老人はそう言ってから歌い始めた。

 ムツアマ ママ ウィト ウィト ラパ
 ナサワマ ケ モスス
 ケ モスス エ

ムツアマの右腕がどんどん小さくなって見えなくなった。ムツアマは左腕と足だけでパパイアの木にぶら下がらねばならなくなった。老人はまた歌った。

 ムツアマ ママ ウィト ウィト ラパ
 ナサワマ ケ モスス
 ケ モスス エ

ムツアマの左腕がどんどん縮まって見えなくなった。ムツアマは両足で木につかまるしかなかった。老人はまた歌った。

 ムツアマ ママ ウィト ウィト ラパ
 ナサワマ ケ モスス
 ケ モスス エ

ムツアマの右足がどんどん小さくなった。ムツアマは左足だけで木につかまるしかなかった。その時、老人は子供たちに言った。「さあ、今度わしが歌うとあいつの左足が縮む。足が無くなるとムツアマは落っこちる。好きなだけ矢を射るがよい」 そして歌い始めた。

 ムツアマ ママ ウィト ウィト ラパ
 ナサワマ ケ モスス
 ケ モスス エ

ムツアマの左足が無くなり、まるで熟したパパイアの実が落ちるように、パパイアの木から落っこちた。子供たちは老人に励まされ、持っていた矢を全部ムツアマに射かけた。ムツアマは死んだ。皆は大喜びした。老人は子供たちに木彫りの大皿のツクメテを持ってくるように言った。

「首を切ってわしがもらう。お前たちには胴体をやるぞ」

老人はムツアマの首を切ってツクメテの大皿に乗せた。子供たちはムツアマの胴体のまわりで踊り始めた。こうしてワラオルアのムツアマはいなくなり、イフィラの人たちは大喜びだった。


その昔、イフィラに一匹のネズミがいた。ある日、引き潮の時、たくさんの海鳥たちが餌を探しに、エファテとイファラを隔てる海峡を越えようとしていた。鳥たちは、バナナの葉をカヌーのように使って渡ろう、翌朝明るくなったらいちばんに出かけよう、と考えた。準備をしていると、そこへネズミが通りかかった。

「おい、俺も一緒に連れて行ってくれないか」
「いいとも。だが、自分の弁当は自分で持って来いよ。俺達もそうするから」

次の朝、予定通りに鳥たちとネズミは海に出た。一羽の鳥が立ちあがって言った。

「おいみんな、ものを食う時、食いカスを船の中に落とさないように、な!」
小鳥たちが一斉に答えた。「おう、分かっているよ」

動物たちは漕ぎ続けた。真ん中あたりまで来たので、昼めしを食うことにした。一羽の鳥が、うっかりヤムイモのかけらを葉っぱの上に落とし、それをつついて取ろうとしたら、舟に穴が開いてしまった。薄っぺらな葉っぱの舟はたちまち沈んだ。鳥たちは飛んで逃げたけれど、ネズミは空を飛べない。死に物狂いで岸に向かって泳いだ。だが、風が強く波も高かった。ネズミはすぐに疲れ、五秒ごとに波の下になった。もうだめだ、という時に、タコが前を横切った。

「助けてくれ!助けてくれ!頼むから!」
「俺の背中に乗れ。エファテに連れ帰ってやろう」

そこで、ネズミはタコの背中に乗り、ポートビラのポートプレザントに向かった。

ネズミは、タコの背中に乗っている時に、タコの頭が水から出たり入ったりして、潜水艦のようだと思った。頭がよたよたと前後に揺れ動き、まるで箱が波にもてあそばれているようにも見え、その様子がおかしくて、つい大声で笑ってしまった。

あまり笑ったので、タコが聞いた。
「ネズミよ、何でそんなに笑うのだ?」
「やっと陸に着けるのが嬉しくてね」とネズミは答えた。

まだ旅が続き、ネズミの笑いはもっと高くなった。

岸に近くなると、ネズミは浜に飛びおりた。

「さあ、着いたぞ。ここからなら、お前さんの家に無事に帰れるだろう」とタコが言った。

岸に上がったネズミはタコに礼を言った。「どうもありがとう。俺が旅のあいだじゅう大笑いしていたのは、お前さんのバカみたいな頭が、波に揺られてヨタヨタしていたからだよ」

タコは怒って、一本の足をネズミに向かってムチのように振るった。それがネズミにあたって、ネズミの尻にくっついてしまった。それで、ネズミにしっぽが出来たのだ。だから、ネズミのしっぽは、まるでタコの足みたいに見えるのだ。