ナバンガの巨樹 (タンナ島ヤーケル村の広場で)

小生の手元に「Nabanga」という本がある。1980年の独立の前年、フランス人居住者がバヌアツ各地で古老から聞き取った民話をラジオ番組で紹介し、それをまとめて仏語版「Nabanga」を刊行していた。小生が入手した英語版は2005年にバヌアツ民族博物館がEUの援助で刊行したもので、バヌアツの出版物としては例外的にぶ厚く(305頁)、装丁も立派である。

Nabanga は熱帯特有の寄生植物のガジュマルのことで、歳ふると気根をたらして巨木になる。バヌアツではどこの集落でもガジュマルの巨木が広場の一隅を占め、ヌシとして村人の暮らしを見守っている。村々に伝わる民話を集めた本のタイトルに Nabanga は最適と言えるだろう。

バヌアツには文字がなく、共通の言語もなく、民話は夫々の集落固有の伝統語で伝承されていた。それを村の長老が準共通語のビスラマ語で語り、フランス人の編者が仏語で記録したというが、そもそもビスラマ語は、先住民と雇い主の白人との「業務連絡」で発生した「かたこと英語」であり、村人が未熟な外来語で伝承民話を正確に表現できたとは思えず、それをフランス人が正確に仏語化したとも考えにくい。英語版を読んだ感想を率直に言えば、この書物は伝承の学術的な収録ではなく、聞き取った素材を基に編者が創作した短編小説集で、付加されたり面白く脚色された箇所がありそうだ。その仏語の作品集が英語に翻訳され、さらにそれを語学・文学のプロでもない小生が和訳しているのだから、記録としての価値は「何をかいわんや」になる。

それでも、原始の島々にどんな話が伝わっていたかを知るのは楽しく、奇想天外な展開に驚き、素朴な人情にうたれる。日本の神話・民話にそっくりなストーリーに出会うと、バヌアツと日本は有史以前(縄文時代)に交流があったという説を思い出すが、日本の神話・民話が出来たのはずっと後世の筈で、似たような民話が世界のあちこちにあると考えるのが正しいのだろう。

この本を入手したのは帰国の半年前で、ボランテイア仲間が「バヌアツ史」の和訳出版を進めていたので、小生も Nabanga の日本語版出版を考えたが、シロウトには公式な出版はハードルが高かった。帰国後、本サイトに和訳を掲載したのは「バヌアツ民話の紹介」が趣旨で、原著の著作権への配慮はズボラのままである。読者各位による転載や出版等はご遠慮いただきたい。

各篇の「訳者註」(背景色付きの部分)に各島に関連する参考事項を記した。文中のイラストは原本から転載したが、写真は小生がバヌアツ各地で撮影したもので、民話とは直接関連しない。地図はGoogleを利用した。


民話のもくじ (島名をクリックすると、夫々の島の民話のページが開きます)
クワットの伝説
旅人マラプチ
悪魔の広場
ウェナゴンと二人の娘
助けた蜘蛛が作ってくれたカヌーで大冒険の旅へ
長い冒険の旅に出た兄弟がわかったことは・・
悪魔が教えてくれたダンスを踊ると・・
娘をからかって捨てられたダメオヤジの話
ナマラオの洞窟
飼いならされた小人
漁師マリウと大ウナギ
サントの大ウナギ
首長タリボウェ
新婚の妻に欺かれた男の復讐
捕えられたいたずら者の小人の恩返しの結末は・・
ウナギ獲り名人の老人の運命はいかに・・
化け物の大ウナギを食った村人は・・
シングルマザーが育てた酋長の息子の冒険
モル・マラマラの生涯
新月の伝説
漁師と五人の子供
ダメな女と結婚した男のせつないお話
月の表面の模様はどうして出来か
親孝行の兄弟が洪水に溺れ死んで・・
ウルンウェルと悪魔
太陽と月
タビとブレ
バークルクル神の伝説
ワコス老人
タイサムルとファセル兄弟
ペンテコストの大ウナギ
悪魔にダンスを習った内気な若者が美人の姉妹と結婚して・・
太陽と月が仲たがいすると・・
二人の男の命をかけた知恵比べ
家族はどう出来たか、バヌアツ版天地創造
死者の島を訪れた老人が見たものは・・
妻を奪った弟への復讐の末に
村を荒らす大ウナギを退治すると・・
望みがかなわなかった男
タガロの裏切り者退治
天女に翼を返した男が天女を追って・・
大酋長の地位を狙った男が戦いの末に・・
タガロの伝説
カバの伝説
天地創造で作られた人間の最初の日々
バヌアツの伝統飲料「カバ」の奇想天外な伝説
英雄アンバットの魔女退治
海はどうして出来たか
マレクラの小人族
二人のリンデンダ
人食い魔女と知恵比べ
美味いラプラプ作りの秘訣を盗み見た少年は・・
気が利きすぎる小人族を退治すると・・
美人の姉妹と結婚した男の運命は・・
消えたトランベ島の話
バオ島のブタの話
父親の禁を破った兄弟の冒険の結末は・・
星との結婚を夢見た娘がブタを生んで・・
人食い岩
北アンプリムの大蛇
双子岩の伝説
悪魔の子
子供を食う怪物を退治した話
結婚相手の双子の美人の母親は・・
継母にいじめられた兄弟の哀しいお話
自分の子供を悪魔の子と取り替えられた夫婦は・・
チタモール
ナメレの息子
巨木の霊の不思議な歌にさそわれて・・
霊木から生まれた少年との不思議な出会い

以下の民話は2022年5月に改訂

おばあさんとバナナの木
岩に囚われた娘
バナナの木の背が低いのは・・
老人に嫁にされた娘の運命は・・
サコラとチアラ
不思議な貝の櫛
浦島と羽衣伝説を思わせる壮大な叙事詩
おばあさんの大切な櫛を捨てた孫娘は・・
消えたクワエ島 
大蛇と6人の兄弟 
騙されて禁を犯した男の壮絶な復讐
母子家庭の悲劇
漁師マウイチキチキ
女神シーナ
神代のいじめ物語
竹取り物語を思わせる婿選びのストーリー
イフィラの悪魔セガニアレ
ニシンとツリク
ソロベンの伝説
子食い悪魔につかまった兄弟は・・
神の従者の女性の正体は・・
泉を持つ老人が意地悪をすると・・
岩になったウォタニマヌ グータラ亭主の正体は・・
イフィラの悪魔ムツアマ
ネズミとタコ
腹をへらした悪魔が村に忍び込み・・
ネズミがタコの頭に乗って海を行く
エファテ島の民話 (メレ、パンゴ、エラコール、ツクツク)
レイケレとクルナエナエ
悪酋長アタフル
アタフルの旅
部族名の起源
好い魔女と悪い魔女の知恵比べ
島人を食いつくした悪酋長が大あばれ
エロマンゴ島の不思議を解明する酋長の冒険談
蛇男が酋長の娘と結婚して・・
ソコマヌ伝説(エファテ島 メレ)
ソコマヌ伝説 つまらぬケンカで始まった二人の英雄激突の長編ロマン
鳥女
鬼のセムセム
火山男ヤスール 
ネワク・ネワク 
鳥女と結婚した若者、嫁姑の争いも・・
鬼に食われて一人残った少女は蔦の子を生んで・・
南の海を放浪した男が行き付いた先は・・
悪魔が腸を洗濯して砂に隠すと・・
最南の島々の民話 (アニワ島、フツナ島、エロマンゴ島、アナイチョム島)
赤いめんどりとワニ
フツナ島はどうして出来たか
カバとココヤシが結婚した話
鬼のナラキャン
因幡の白うさぎのバヌアツ版!
神様の妻になり替わった女悪魔だが・・
もてもてのカバ男を獲り合う植物の妖精たちは・・
子供の肉が大好きな鬼を退治する方法は・・


バヌアツ民話に出てくるキーワード
ナカマル 本来は、集落の男たちの集会所。現在はカバを飲ませる「飲み屋」(カバ・バー)を指すことが多い。その他、普通の家の「客間」を指すこともあるようだ。
カバ 胡椒科の植物の根から抽出した飲み物。伝統的には、カバの根を噛み、吐き出したものから絞り出した液体を飲用する。現在は、根をすり潰したものを水と混ぜて絞り出して製造する。元々は儀式に用いられ、男性だけに飲む事を許された。アルコールと同様の酩酊状態をもたらすが、強力な鎮静作用があり、ヨーロッパでは精製されたカバが鎮静剤として処方されている。
ラプラプ バヌアツの代表的な伝統料理。元々は、日本の赤飯と同じように、祭礼や特別のもてなし料理だったようだ。ヤム(ナガイモ)をすりおろし、ココナツのクリームとミルクを混ぜて葉に包み、囲炉裏で石を焼いて蒸し焼きにする。中に魚や肉を入れることもある。食感は「ういろう」に似ているが、美味いとは言い難い。