訳者註: バヌアツの最北部に位置するトレス諸島とバンクス諸島は、ソロモン諸島のガダルカナル島と指呼の間にある。この地域の自然環境の過酷さは、太平洋戦で日本軍がガダルカナルの戦いで壊滅した記録からも想像できるだろう。今もこの地を訪れるには、マラリアなどの熱帯風土病対策が必須とされる(小生は訪問の機会がなかったが)。

別項でふれたように、バヌアツ人は蒙古系の血を引く海洋民族である。彼等は今から4千年前、小さなカヌーをあやつり、水平線の彼方の島々を往復する外洋航海術を備えていた。 ここに伝わる英雄冒険譚には、彼等の海洋民族としての誇りと技術が感じられる。間抜けた悪魔やダメオヤジの伝説には、彼等の愛すべき純朴さが微笑ましい。

 

タイトルをクリック → その民話の冒頭にジャンプします。

バヌアツの島々を最初に探検したのは、スペイン人のクェロス船長だ。彼はラ・カピタナ号に乗り、副船長の名をとってトーレス諸島と名付けられた島々から南東へと向かった。モタ・ラバ、モタ、バヌア・ラバなどの島々は小さすぎて、上陸が難しいと思われた。彼はもっと大きな島を求めて船を更に南に進め、1607年6月8日に、エスプリツ・サント島のビッグ・ベイに上陸した。その日が西洋人によるバヌアツ発見の日になっているが、クェロス船長は、その前にこのあたりの島々を見ていたのだ。

クェロス船長は、途中で見たバヌア・ラバ島が、小さくてがっかりしたらしいが、「バヌア・ラバ」はバンクス語で「大きな島」という意味だ。実際、ソロモンからサント島の間に、バヌア・ラバより大きい島はない。この島には大きな川があった。島の最高峰スラトマテイの山腹は、硫黄で覆われていた。マングローブの林には、泥水の中にワニが隠れ棲んでいたが、人を襲ったことはなかった。この神秘的な島に、クァットという名の男がいた。

クァットは12人の兄弟と一緒に住んでいた。ある日のこと、みんな退屈していたので、クァットが言い出した。「木を切り倒してカヌーを作らないか」

「それは良い考えだ。そうすれば、島から島へ旅が出来る」と他の兄弟たちが言った。

クァットが付け加えた。「遠いところまで行こう。ここで退屈しながら魚を釣っているより、タガロを見に行こう」

そう考えたのは、彼が旅に出たかったからだ。オンバという高い山のある島に、タガロという強い生き物がいると聞いたことがあった。他の12人の兄弟も、よその土地へ行って珍しいものを見たいと思ったので、クァットに賛成した。その晩、皆はこれからの旅の夢を見た。クァットと12人の兄弟は、日が昇り、にわとりが最初のトキをつげると同時に起き出し、斧を手にして木を切りに出かけた。

彼等は夫々カヌーを作るための木を探した。他の兄弟たちは、家の近くの森で軟らかい木を切り出したが、クァットだけは違った。彼は他の兄弟より勇気があって働き者だったのだ。あの辺りで一番高いスラトナチという山のてっぺんに登り、カヌーに一番適したナナナラの木を選び、一日かけて切り倒した。その夕方、兄弟たちはナカマル(集会場)に集まり、その日の仕事の進み具合を話しあった。近くの森に簡単にカヌーが出来る軟らかい木があると聞いて、クァットは驚いた。彼はカヌーに適した硬い木を求めて、遠くまで行ったのだ。

次の日、兄弟たちは近くの森でカヌーを彫る仕事にとりかかったが、クァットはもう一度遠くの山に登った。だが、昨日切り倒した筈のナナナラの木が地面に転がっていないのを見て、呆然とした。何と、その木は前の場所に元通りに直立していたのだ。彼は腹を立てて斧を振り上げてナナナラの木に向かい、また一日がかりで切り倒した。

クァットが戻った時、他の兄弟たちはもうナカマルで焚き火を囲んでいた。皆はクァットの疲れきった顔を見て心配し、一人が「お前のカヌーはどうなっているんだ?」と聞いた。

クァットは答えた。「何がどうなったのか、さっぱりわからない。俺は、昨日森の中で一番立派なナナナラの木を選んで、一日がかりで切り倒した。今朝行ってみると、木は元のまま立っていたんだ。今日、一日がかりでもう一度切り倒したが、明日どうなっているか、心配なのだ。どころで、お前達のカヌーはうまく進んでいるのか?」 兄弟たちのカヌーはもう殆ど完成していた。

クァットと兄弟たちがこんな話をしている間、森の暗闇では、一匹のクモがナナナラの木に近づき、クァットが切り倒した木を寄せ集め、一本の木に立て直していた。

次の日、クァットはナナナラの木のところに行って、空に向かってすっくと立っているのを見ると、強い怒りがこみ上げて来た。クァットは木を切り刻んで、その傍で一夜を明かすことにした。近くの大きな木に隠れ、彼の仕事を邪魔する見えない敵が現れるのを待った。

月光を浴びてクモがやって来た。クモはあっという間に、ナナナラの木をもと通りにしてしまった。クァットは初めて一部始終を見たのだ。彼は隠れていた場所から飛び出し、クモに飛びかかって殺そうとした。

「俺を殺すんじゃない、クァット」

「お前は俺の邪魔ばかりしやがる。殺さずにおくものか。この三日間、俺が一生懸命にやった仕事を、お前はその度に元に戻したではないか」
「クァット、俺を信じてくれ。悪いことは言わない。このまま家に帰れ。きっと良いことがあるから」

次の朝、他の兄弟たちはカヌーを浜に出すばかりになっていたが、クァットはまだカヌー作りに着手さえしていなかった。彼は山に戻ってゼロから仕事をするしかなかった。山に行ってみると、驚いたことに、きれいに飾られた立派なカヌーが出来上がっていた。

「クモは約束を守った!」 それは素晴らしいカヌーだった。クァットはカヌーにさわり、漕いでみて、感嘆の声を上げた。彼の前に川が現れ、流れが彼とカヌーを海岸まで連れて行った。クァットの兄弟たちが言った。「ほほう、お前は大ウソつきだよ。立派なカヌーが出来ていたじゃないか!」

「あのクモが一晩でカヌーを彫ったなんて、全く考えてもみなかった!」とクァットが言った。「お前の作り話を信じろとでも言うのか!」 兄弟たちはだまされたと思っていた。

兄弟たちは自分の作ったカヌーを試した。最初の男がカヌーを水に押し出したが、飛び乗って漕ぎ出す前に波をくらってひっくり返った。あまりに軽すぎたのだ。二人目も、数メートルも行かないうちにひっくり返って沈んでしまった。どのカヌーも、軽すぎたか、作り方がまずかったか、安定性が悪かったのか、全部が全部、波にひっくり返された。だが、クァットのカヌーだけは完璧で、波を切って驚くべきスピードで走った。兄弟たちは羨ましがり、腹を立て、全員が押し黙って家に帰った。だが、頭の中では皆同じことを考えていた。どうやってクァットのカヌーを奪うか?

その夜、暗闇の中で兄弟たちが相談した。「あいつは有頂天になっていやがる」と一人が言った。「明日まで待とう。朝になったら、あいつを鳩狩りに連れ出して、ナンダラオの木のところに行くんだ。あの木には鳩がたくさんいる。あいつが鳩狩りに夢中になっている間に・・」

こうして兄弟たちはクァットにワナをしかけた。次の朝、兄弟全員が森の奥に入り、ナンダラオの木で鳩狩りを始めた。クァットがナンダラオの木に登ると、兄弟たちは走って村に戻り、クァットのカヌーにクァットの妻とバナナを押し込んだ。そして全員がカヌーに乗り込んで漕ぎ出すと、兄弟の一人が不思議な呪文を唱えた。すると、クァットが登っていたナンダラオの木は、空に向かってスルスルと伸び始めた。

クァットは叫んだ。「何だ、どうなっているんだ? 俺はこんな高いところはいやだ。兄弟たち、俺を捨てるな!」

だが、兄弟たちはもうバヌア・ラバから遠く離れていた。カヌーをラコナの方向に漕ぎながら、ほら貝を吹いてクァットをあざけった。クァットはそれを聞いてため息をついた。「騙されてしまった。あいつらは俺のカヌーを盗んで行った。俺はナンダラオの天辺でどうしたらいいんだ?」

幸いなことに、クモがクァットの嘆きを聞きつけて声をかけた。「木になんかとまって、いったい何をしているんだ?」

クァットはクモが味方だと分かっていたので、この窮地から救ってくれるだろうと思った。クァットは自分の立場がちょっと恥ずかしかったけれど、クモに助けを求めた。クモはこう言った。「俺が糸をはくから、それを伝って地上に降りろ」

クァットはクモの糸をはしごのように使って木から降りると、母親のロウルを見つけて聞いた。
「母さん、俺の妻はどこに行った?」
「お前の兄弟たちが連れて行ったよ」

それが一番恐れていたことだった。怒り狂って海岸に走ってゆくと、腐って穴が二つ開いたヤシの実を拾った。彼は母親に頼んだ。「俺はこのヤシの実の中に入る。四つ目の波が来たら、このヤシの実を海に向かって投げてくれ」。 ロウルは言われたとおりにした。

ヤシの実は波に漂いながら、12人の兄弟たちが乗っているカヌーに近づいていった。兄弟の一人がそれを見つけ、食おうとして拾い上げた。口に入れようとすると、吐き気がするような悪臭がして「うへっ」と叫んだ。
「このヤシの実は腐った臭いがするぞ」。

「俺にもかがせろ」ともう一人が言った。彼も悪臭に顔をしかめた。

ヤシの実は兄弟から他の兄弟に手渡され、全員がそのヤシの実が完全に腐っていると判断した。そうしてヤシの実は海に投げ返された。腐敗臭はクァットの作戦だった。ヤシの実が開けられると、中に隠れているのが見つかってしまう。クァットはヤシの実の穴にウンコを塗り、兄弟たちがヤシの実を鼻に近づけると放屁したのだ。

海の中に戻ると、クァットの入ったヤシの実は、兄弟たちよりも早くガウアに着いた。彼はパンダナスの下に座って待った。カヌーが島に着くと、クァットの妻は夫を見つけて喜びの叫びを上げた。兄弟たちはクァットを見て距離を保ち、口々にブツブツ言った。「こんな筈はない。あいつがここにいる筈がない」。だが、彼等は自分達がやったことを恥ずかしいと思った。

クァットは兄弟たちに恨みを抱かず、彼等がしたことを説明させようともしなかった。そのかわり、彼は魔法の叫び声を上げ、カヌーを二つに分けた。「さあ、」とクァットは言った。「お前たちは随分バカなことをしたが、これからは俺に従って、言うことを聞くのだ」

兄弟たちはクァットに敬意を表して頭を下げた。こうして彼等は、ある人の家に行った。その人の名はクァスバル。実を言うとクァスバルは半人半悪魔で、容貌怪異、好物の食い物は人肉入りラプラプだった。彼はバヌア・ラバから来た兄弟たちに会い、とりわけ親切にもてなした。「さあ、気楽に過ごしてくれ。俺はナカマルで寝るから。ではお休み」といった。

だが、クァットは危ないと思った。「もし寝てしまったら、クァスバルに食われるぞ」と兄弟たちに言った。「彼がいない間に隠れよう。俺がこの家の梁を空けるから、その中で寝るんだ」。

皆が梁の中にもぐり込んで蓋をしたので、夜中にクァスバルが食おうとして来た時には、誰も見つからなかった。朝になると全員が現れた。「いったい昨夜はどこにいたんだ?」

「俺達はお前の家の梁の中にいたんだ」と、兄弟の中で一番口の軽いタガロボンがしゃべった。「お前は何故黙っていられないんだ」と他の兄弟が思わず叫んだ。

「お前たちはうまいことを考えたな。梁の中は一番安全な場所だ」とクァスバルは笑いながら言った。

クァスバルは完璧なホスト役を務めた。お礼に兄弟たちで夕食を作ることになった。クァットが言った。「タロイモを塩水で練るんだ。そうすればラプラプが美味くなる。さあ、お前は竹筒で海水を汲んできてくれ」

「それはいい考えだ」とクァスバルは言った。

クァットは兄弟に密かに言った。「海へは行くな。森へ行け。そしてカバの木に登るんだ」
最初の兄弟がそうしていなくなった。

彼が戻ってこないのを確かめてから、クァットは叫んだ。「どうしたんだ。あいつは塩水を汲みに行ってまだ戻ってこない。きっと道に迷ったのだろう。おい、兄弟、探しに行ってくれ。そっちの兄弟は、この竹筒で水を汲みに行ってくれ」

二人の兄弟は最初の兄弟のようにカバの木に登り、戻って来なかった。次にクァットは残った兄弟に言った。「あいつらは浜で遊んでいるんだろう。行って探して来い」。そのたびにクァスバルは「そうだ、それが良い」と同意した。

こうして兄弟全員がカバの木に登った。最後にクァットはクァスバルに言った。「お前はアホだ」。そして木に向かって走り出した。クァスバルはやっと騙されたことに気付いた。豚を殺す時に使うナルナル(棍棒)を振り回しながらクァットを追いかけた。クァットは走りながらラプラプを入れるポル(袋)を拾い上げた。二人はクワラニス(石焼きの囲炉裏)のまわりを走り回った。クァットはつかまらないようにしながら、クワラニスの中から焼けたタロイモを取り出してポルに入れた。袋が一杯になるとカバの木に登った。クァスバルがそのあとを追った。

クァットが歌をうたい始めると、木は天に向かってズンズン伸びていった。次にクァットは木に命令した。「低くたわんでくれ、そして、てっぺんをバヌア・ラバの土地に着けてくれ。」

木が二つに折れるように低くたわむと、天辺にいたバヌア・ラバの男たちは地面に飛び降りた。クァットは他の兄弟たちを先に飛び降りさせ、自分は最後まで残ってクァスバルを防いだ。クァスバルが飛び降りようとした時、クァットは言った。「ダメだ。お前は来るな。お前は無作法が過ぎた。お前は空にいる方が良い」。

カバの木がおおきく跳ねかえると、クァスバルは恐怖に狂った叫び声を残して、空高くすっ飛んで行った。

訳者註: 原本の冒頭部分に、クェロス船長のサント島発見(1607年6月8日)にまつわる長い記述があるが、伝承の収録ではなく、ストーリーとの関連性もないので、一部をカットした。 参考:クェロス船長について

バンクスから北に向かって船を進め、トレス諸島の最南端に至ると、水平線上に、ヒウ島が威厳に満ちた姿を高々とあらわす。その頂は平坦で、植生は他の島ほど濃くない。バヌア・ラバからトレスに向かう探険家は、ヒウ島の海岸の砂の白さに驚く。

ここでは、果てしなく続く白い砂浜と紺碧の海の上を太陽が戯れ、輝きが全てを支配する。この島にマラプチが住んでいた。彼はバヌア・ラバのクァットのような男だ。クァットはクモに助けられて窮地を脱した男として知られている。自分を欺いた兄弟たちを許し、ガウアの極悪非道の悪魔クァサバルの罠から逃れ、クァサバルを天空に放り出した、あのクァットだ。

ヒウ島の海辺で海を見ながら、マラプチは考えごとをしている。彼の目は大きく開き、海を見つめ、その先の水平線の青い線に目をやる。彼の頭の中は幻想で満たされている。彼の首は白い石で飾られ、広い肩は太陽の下で輝き、体には無敵の強さを象徴する刺青が刻まれ、腰に一本の太い蔓が巻かれ、手首は立派な豚の牙で飾られている。彼のまわりには強い力が静かにみなぎっている。

突然、何者かがその静寂を破った。あたかも天から矢が放たれたように、海鳥が海面に飛び込む。その音が英雄を夢から覚まさせた。鳥の鋭い鳴き声が空気を裂く。彼は怒って鳥に向かって呪った。鳥は魚を獲ろうとしていたのだ。マラプチは立ち上がると、兄弟たちがいる村へ歩きだした。

村に戻ると、彼は倦怠感と失望感にうちひしがれた。その日は女たちが踊っていた。「なんて退屈な踊りなんだ」と思った。彼が水平線を眺めながら夢見ていたものとは、全てが違っていた。彼が夢の中で見た女たちはこの千倍も美しく、色とりどりのきれいな鳥たちが歌い、木々は地面に触れるほどたわわに実をつけていた。自然が、それ自体がかもし出す色、歌、豊かさを競っていたのだ。

マンゴーの木陰に座っていたマラプチの兄弟たちは、マラプチの不可解な行動に気付いていた。彼等はマラプチに声をかけ、話の輪の中に入れようとした。だが、彼は押し黙っていた。ダンスも見飽きていた。

彼は皆の視線を避けるように言った。「俺は森に行ってナマンベ(栗)を採って来る」。彼はカゴを持って出かけ、兄弟たちはその後に続いた。みんなで栗を採り始め、競争になった。一人が言った。「みんなが栗を取っている間に、俺はナートウを採ってくる」。

マラプチは彼を叱り付け、皆と一緒にいるように言った。

「マラプチ兄さん、この頃ちょっとおかしいよ。俺達に厳しすぎる」と一番下の弟が言った。

マラプチは、考えていたことの一部を明かした。「遠いところへ旅に出たい」。彼等は2度の雨季の間、この島から出ていなかった。マラプチはメトマの兄弟たちに会いに行きたいと思っていた。兄弟の一人は、この前の訪問で冷たいあしらいを受けたと文句を言い始めたが、大きなナマンベを見つけて有頂天になり、言いかけた文句を引っ込めた。マラプチは「俺が少し前に行った国では、そんなのよりもずっと大きな実がなっていた」と言った。彼はそれがどういうことか説明できなかったし、兄弟たちも気にかけなかった。

ナマンベがカゴ一杯になったので、村に帰り、祖父のブブに届けた。ブブはマラプチに言った。

「お前はこの頃ふるまいが少しおかしいぞ。落ちつきがなくなった。あっちへ行ったりこっちへ来たり、命令を出したかと思うとどこかに行ってしまう。いったいどうしたんだ」

マラプチは秘密を明かさなかったが、年寄りのブブには、マラプチが何にとらわれているか、分かっていた。マラプチは何も言わず、他の兄弟たちを探しに出て行った。

兄弟たちは波乗りのボードを持っていた。軽くて柔らかいナタペの木で出来ていて、先が少し反り返っている。海岸に行って海に入り、波が来るのを待った。波が来ると身を翻してボードの上に腹ばいになり、波に身を任せた。一番強靭で勇敢なマラプチは、軽快に一番遠くまで行くことができた。

兄弟たちは波乗りの練習で腹がへったので、村に帰ってナマンベを煎って食べた。最後に帰って来たマラプチの分が残っていなかったので、マラプチは腹を立て、兄弟たちに波乗りボードを持たせ、もう一度浜辺まで引き連れて行った。それから先はこれまでと違っていた。マラプチは唄を歌い始め、その歌にあわせて兄弟たちを海に向かって押し出したのだ。

「許してくれ、陸にもどしてくれ」と彼等は叫んだ。

マラプチは叫び返した。「さあ、ボードにしっかりつかまれ。遠い旅に出るんだ」。

ヒウ島の男マラプチは、水平線のかなたの素晴らしい国へ行きたいと夢見ていた。彼は神のような能力で、まだ見ぬ美しい国をまぶたに描き、兄弟たちをそこに連れて行きたいと願っていたのだ。他の兄弟たちは大海に乗り出すことに抵抗したが、彼が歌をうたうと、彼の意のままにものごとが進んだ。

「陸に戻してくれよー」兄弟たちは乞うた。「頼むから、勘弁してくれよー、もう陸に戻れなくなるよー」

だが、マラプチは彼等の懇願に耳を貸さなかった。大きな波で陸に戻されそうになると、また歌った。するとボードはまた沖に押し出された。こうして沖に出て遠くまで旅することになった。彼等は潮流に乗ってバヌア・ラバの本島に流れ着いた。陸に足がつくと、彼等は喜びの声を上げた。「どの木にもいっぱい実が生っている。ここはなんて豊かなんだ!」

「だから言っただろう。ここは俺が夢に見ていたとおりの素晴らしい国だ」とマラプチは答えた。「どの木にも実がいっぱい生っているが、ここに住む者たちは、どれも食えないと思っている」

地元の人たちのダンスの音が聞こえたので、近づいて、なぜ果物を食べないのか訊ねた。「何故って、この実は食えないんだよ」と一人が答えた。

マラプチは実を採り、「これはナカヴィカだ」と言った。マラプチが食って見せると、男は真似をしてその実を口に入れた。「何でもっと前に気付かなかったんだろう。この実は美味いじゃないか!」もう一人が言った。「マラプチ、お前は物知りだ。お前がこの中で一番優れた男だ」

兄弟たちはそこを立ち去って森の中に入って行った。途中でパンの実の木を見つけた。木にはまだ熟れていないパンの実がたくさん付いていた。

「これが熟れたら俺が採るぞ」、彼等は実をつかんで叫んだ。マラプチはそんな我等を見ていた。彼が最後になったが、残っていたのは、ちっぽけで傷だらけのパンの実だけだった。

彼等は村に戻り、そこで数日を過ごした。その間に木に残しておいたパンの実が熟した。彼等は前にツバをつけておいた自分の実を採って村に持ち帰り、料理して食べた。その間、マラプチは黙って彼等のすることを見ていた。木に残してあった彼の実は熟れ続けた。傷ついた部分は自然に落ち、完璧なパンの実になった。

「俺の実が熟れた」とマラプチは言った。「採りに行こう」

パンの木の下に着くと、彼は兄弟の一人に木に登って実を採るように命じた。実を村に持ち帰ると、マラプチは鳥を呼んだ。彼の呼び声はこだまして遠くまで届いた。

「鳥たちよ、俺の友達の鳥たちよ、ここに来い。頼みたいことがある。鳥よ、早く来い!」呼び声は森にこだまし、鳥たちが集まってきた。最初に来た鳥はナウィンバだった。

「お前は誰だ?」

鳥は鳥のやり方で自己紹介をした。マラプチは話しかけた。「お前はナウィンバだ。俺を家まで連れて帰れるか?」
ナウィンバはたいへん怒って、言う事を聞かなかった。

次の鳥に「ところで、お前は誰だ」と訊ねた。「お前はオウムだ。お前は俺を連れて帰れるか?」
オウムにも出来なかった。

「お前もこっちへ来い。お前はコウモリだ。俺をヒウに連れて帰れるか?」
だが、蝙蝠も「できっこないじゃないか」と答えた。

マラプチは他の鳥に言った。「お前、こっちへ来い。俺を島へ連れてゆけ」
「私は小さすぎます」とその鳥は言った。「私の背丈や羽の大きさを見て下さいよ」
鳥たちは口をそろえて言った。「わるいけど、マラプチさん、とても助けられません」

その時突然、まるで空から矢が飛んできたように、ナシコが現れた。「ナシコよ。頼むから助けてくれ。俺たちをヒウまで連れて行ってくれ。俺たちの祖先の島に」

ナシコは引き受けた。マラプチは自分のパンの実を持って来ると、竹筒で水を運ぶ時に葉で持ち運びの輪を作るやり方で、パンの実の茎のところに工夫をした。それから兄弟たちに言った。
「さあ、実の中に入るんだ。ヒウに着くまで実の中にいるんだ。ナシコが連れ帰ってくれる。」

兄弟たちが急いで実の中に入ると、マラプチは鳥に言った。 「さあ、ナシコよ、実をくわえて飛ぶんでくれ」

ナシコはパンの実の茎を銜えて飛び立った。すぐにウレパラパラに着いた。
「人が踊っているのが聞こえますか? あれがあなた方の島ですか? マラプチさん」
「いや、ナシコよ、まだまだ先だ」

ナシコは更に飛んでトガまで行った。
「踊ったり歌ったりしているのを聞こえますか?あれがあなた方の村ですか?」
「いや、ナシコよ。もっと遠くだ」

水平線上にローが見えた。「あの踊っている人たちは、あなたの村の人たちではないでしょうか?」
「いいや、まだだ」

テグアまで行った。「本当にこの島ではないのですか?」
「いや、ナシコ。もうちょっと先だ」

とうとう遠くにヒウが見えた。「マラプチさん、これがあなたの島だ。きっとそうだ」 「そうだ、ナシコ、よくやってくれた。これが俺たちの祖先の島だ。俺の大好きな島だ。ここでおろしてくれ」

ナシコはくちばしを開けてパンの実を落とした。実は地上に落ちて割れ、マラプチと兄弟たちは外に出た。その音に気付いて村中の人たちが走りよってきた。10日間、彼等は兄弟たちを待ち続けた。それでも戻らないので、泣き叫び、豚を殺して祈った。とうとう彼等は生きて帰ってきたのだ。彼等は自分の目が信じられず、喜びで泣き叫んだ。

旅人マラプチも叫んだ。「家が一番良い!」


ある日のこと、タグタンの男がバナナを持って、サーラウの友達に会いに行った。同じ日に、サーラウの男は、同じことを思いつき、タグタンへの道を歩き出した。こうして、二人はタグタンとサーラウの真ん中で出会った。そこで二人は、次の日に、大きな岩の上のクワランプラというところで、一緒に飯を作って食う約束をした。二人が相談をしているところに悪魔が通りかかって、その話を聞いた。

悪魔はひとり言を言った。「俺はタグタンの男の友達になろう。サーラウの友達そっくりに化けて、広場に連れて行ってやろう。悪魔たちと一緒に踊れば、あの世のことがよく見えるようになるだろう」.

次の日、約束どおりタグタンの男は友達に会いに家を出た。だが、サーラウの男は待ち伏せした悪魔に殺され、悪魔が彼に化けた。二人が出会ったとき、タグタンの男は、一緒の男が悪魔だなんて思ってもみなかった。二人は海岸を歩いてクワランプラまで行った。そこで飯を作って食うことになっていたからだ。二人は魚を銛で突いた。人間の方は時々取り逃がしたが、悪魔の方は必ず仕留めた。魚獲りが済むと、二人は畑に行ってヤムイモを掘った。人間の方は白いヤムイモを掘り、悪魔は赤いヤムイモを掘った。ヤムイモと魚を焼いた。出来上がると悪魔が食べ物を二つに分けた。食べながら、人間の男は、相棒が食べ物を噛まずに飲み込んでいるのに気付いた。横目で観察して、その男が人間ではなく、悪魔だと察知した。彼は少しも慌てず、食事を続けた。

二人は腹が一杯になった。悪魔がタグタンの男に言った。「もうそろそろ夜になる。こっちへ来い。お前を今夜の客にしてやろう。丘の上で、鬼たちと一緒に踊るんだ。俺たちはあそこをサレブグブグと言っているが、要するに、悪魔が踊る広場だ」。

二人が丘を登り始めたとき、また悪魔が行った。「暗闇で光るキノコを採って行くんだ」。

二人は光るキノコをたくさん採った。タロイモの葉に水を張ってキノコを入れると、夜空の星のように光った。悪魔がまた言った。「パンの実の木の枯れ枝も要る。二つに折って持って行くんだ」

悪魔と男は、鬼たちと一緒に踊った。踊っていると、鬼たちが人間の男の匂いを嗅ぎ出した。「今夜は中に人間が混じっているぞ。美味そうなにおいだ。獲って食ってしまおう」

だが、サーラウの男に化けた悪魔が行った。「おいおい、ここにはあの世の者しかいない筈だ。目をつぶって、もっと集中して踊ったらどうだ」

悪魔がタグタンの男に囁いた。「よく耳をすましているんだ。さもないと、お前は鬼の腹に入ることになるぞ。鬼たちは今は目を閉じて踊っているが、これからちょっとややこしいことになる。鬼のヤツが、目を開けろというシグナルを送ってきたら、タロイモの葉を出して振るんだ。そうするとキノコが光って葉の上で震える。鬼のやつらは、それをお前の目玉と間違える。骨を鳴らせというシグナルを送ってきたら、枯れ枝を出してたたくんだ。その音を聞けば、お前の骨がギシギシ鳴っていると思う」。

男は悪魔の言うとおりにした。踊りが最高潮になって、一匹の鬼が前に出てシグナルを出した。
「よし、みんな目を開けろ!」

男は水とキノコが一杯つまったタロイモの葉を広げた。悪魔達はその明るさにびっくりして叫んだ。「ああ、わかった。あいつは確かに俺達の仲間に違いない!」

それから踊りは一層激しくなった。また別の鬼が前に出てシグナルを出した。
「よし、みんな骨を鳴らせ!」

その合図で、男は枯れ枝を打ち鳴らした。鬼は全てが平常通りだと思った。
「まことに結構。誰かタムタムを叩け」

親切な悪魔が男に言った。「これから俺が長い歌をうたう。そうすると、この島の年寄り、男、女、子供、鬼という鬼がみんな踊り出す。その時を逃すと、お前はここから無事に出られなくなる。命がけで逃げろ」

男は悪魔の言うとおりにした。悪魔がうたうと、鬼どもの総踊りが始まった。その時、男はひっそりと抜け出し、家をめざして狂ったように走った。海岸には黒い岩がゴロゴロしていたが、走り、飛び上がり、駆け登った。時々岩に身を隠して息を整え、鬼が追っかけてくるかどうか耳を済ませた。汗だくになって息が切れても走り続けた。やっと自分の家が見えた。

そこで鬼どもの踊りが終わった。どの鬼も人間の男の匂いを嗅ぎ出していた。親切な悪魔は、もう鬼どもを止められなかった。彼は言った。「お前らはマヌケだ。人間と一緒に踊っていたんだぞ」。

鬼が一匹、飛び上がって男を追った。食い気と怒りが混ざって羽が生え、あっという間に男の村に着いた。怒気にまかせて飛びつこうとした直前、男は家に飛び込んでバタンとドアを閉めた。

鬼は閉ざされたドアの前に立ちつくした。いくら怒っても、踝を返して戻るしかなかった。鬼は一晩中テクテク歩き続け、翌朝やっとサレブグブグの広場に帰ったとさ。


その昔、バンクス諸島のガウアに、ウェナゴンという男がいた。ウェナゴンは「ふざけ屋」という意味だ。この男に10歳くらいの双子の娘がいた。この男は名前のとおり、悪ふざけでまわりの人をひっかけるようなことばかりしていた。ある日のこと、自分の娘を相手に悪ふざけを思いついた。重病で熱で震えているふりをする父親を心配した二人の娘は、火を焚いてつきっきりで父親を暖めた。

しばらくして、ウェナゴンは弱々しそうに起き上がって言った。「おまえ達、川に行って、一番下の水溜りでエビをとってきてくれ。上の水溜りではダメだよ。一番下の水溜りの水を全部かい出せば、エビがカゴ一杯獲れるから」

エビとりの道具は二段式になったカゴだ。それを持って、二人の娘は丘を越えて水溜りへ出かけて行った。二人がいなくなると、ウェナゴンはやおら起き上がり、ローブを脱ぎすてると、素っ裸になって走り出した。自分だけが知っている近道を走り、娘達よりも早く水溜りに着くと、水に入り、大きな黒い岩のうしろに隠れた。そのすぐ後、二人の娘が水溜りに着いた。娘たちは水をかいだし、カゴが一杯になるまでエビを採った。すると突然、黒い岩の下からおかしな音が聞こえた。娘の一人がかがみ込んで、岩の下を覗き込んだ。

娘は叫んだ「あ、大ウナギがいる。太い棒を持って来て!」

もう一人の娘が棒を拾ってくると、それを銛のようにしてウナギを突いた。石の下に隠れていた父親は飛び上がった。それで彼の手がちょっとだけ外に出た。棒が2度目に突っ込まれると、ウェナゴンはもう少し手を出した。三度目の突きで、手が全部現れた。それを見て驚いた娘達は、風のようにすっ飛んで家に帰った。ウェナゴンは隠れ場所から出ると、娘達が放り出して行ったエビの入ったカゴを拾い、近道を走った。娘達よりもちょっと前に家に戻って、灰の中で転げまわって病気のふりをした。

娘達が息を切らして戻ると、彼は言った。「おい、お前たち、なぜ息を切らせているんだ?」
「化け物を見たのよ!」
「化け物だって?どんな風に見えた?」
「まるで人間の手みたいだったよ!」
「お前たちが見たのは大ウナギだろう!」
「いいえ、本当だから。化け物を見たんだから! 大きい黒い岩の下から、手が出てきたんだから!」

娘達は夕食の準備にとりかかった。その時、料理しているエビが、自分達が獲ったものだと気付いた。それで、水溜りで見た手は、父親の手だったのだと思いあたった。父親の悪ふざけに一杯引っかかったのだ。

娘達は父親の前に進み出て言った。「わたし達はもう大きくなったので、この家を出て自分達で暮します」。ウェナゴンは大声で泣き出した。

「俺を捨てないでくれ。三人で一緒に暮すんだ。後生だから出て行かないでくれ!」
「悪いけど、お父さん。お父さんは私たちをからかった。それで私たちは赤恥をかいた。私たちはもうお父さんがいなくても生きて行けるから」

ウェナゴンは娘達の機嫌を直そうとして、大きなカゴ一杯の宝物を見せたが、二人は目もくれなかった。娘達は自分達の持ち物をまとめて家を出て、遠い遠いところで 住むことにした。ウェナゴンが一人寂しく死ぬようなことになってしまったのには、こういうわけがあったのさ。