訳者註: ペンテコスト島は、バヌアツ列島の中北部に位置し、ヤム芋の収穫祭ナンゴール(バンジージャンプの元祖)が行われることで知られ、島も巨大なヤム芋のかたちをしている。タビとブレに出てくるマエオ島は、ペンテコストの北隣にある。(ナンゴール祭については 特集ページ①特集ページ② をご覧下さい。)

原本のNabangaに記された民話が、出版の過程で変質した可能性について「民話の紹介ページ」でふれた。日本の先住民族(アイヌ)に伝わるユーカラは、「語り部」によって一言一句たがわずに伝承され、それを専門家(学者)が収録し、注意深く和訳されたが、バヌアツの民話は、村の古老が自分なりの解釈をビスラマ語(外国語)で語り、それを白人が編集して記述したものである。従って語り部による「創作」が多分に入り込み、且つ文化的背景の異なる白人の収録者・翻訳者が「作家」として筆をふるったように見える。(それを和訳する小生も、変質に加担していないとは言えない。)

それにしても、「勧善懲悪」の概念にはまらないストーリーの展開に戸惑う。日本の民話には、教育的意図を組み込んだ勧善懲悪ものが多いが、バヌアツの民話は自由奔放で、悪者が懲らしめられるとは限らない。もっとも、昨今の世の中で起きていることは「勧善懲悪」から外れることが多く、バヌアツ民話流の方が、より今日的と言えるかもしれないが・・


その昔、ペンテコストの森の中の小さな村に、ウルンウェルという名の若者がいた。彼はやもめになった母親と暮らしていた。

彼はよくバントレの浜に魚を獲りに行った。ある日、彼は母親に言った。「母さん、バナナの房をくれ」

ウルンウェルは、バナナの房を持って魚獲りに出かけた。バントレの浜は潮が引いて行くところだった。ウルンウェルはとても恥ずかしがりやで、浜に来る女たちと出会いたくなかったので、引き潮の時を待っていたのだ。

突然、丘の上からタムタムが聞こえるような気がした。その季節になると、大昔の祖先たちの霊が島を巡りながら、タムタムを叩く。その響きは、潮の満ちるようにだんだん大きくなった。ウルンウェルは好奇心にかられ、丘に向かって走り出した。喉から絞り出すような歌い声が、若者を磁石のようにひきつけた。

悪魔たちが、タムタムのリズムにあわせて、叫んだり歌ったりしていた。ウルンウェルがその場に着くと、祖先の霊のチーフは、ウルンウェルに踊りに加わるように誘った。ウルンウェルは踊りの輪に飛び込み、必死で悪魔のリズムを真似ると、すぐにそれを憶えた。

踊りが終わりに近づくと、チーフはウルンウェルを止めて、こう言った。「人間世界の客人、あんたのダンスが気に入ったぞ。このダンスをお前の仲間にも教えてやってくれ。あんたの役目は、村の広場で、生きている人間にこのダンスを踊らせることだ。俺の言うことに従わないと、お前に呪いがかかることになるぞ」

「その役目を引き受けよう、あの世の大酋長殿」

村に帰ると、ウルンウェルは母親に、ダンスの衣装を作るように頼んだ。樹皮のベルトに豚の脂身を下げたものだ。母親はすぐ作ってくれた

ダンスの衣装をつけた若者は母親に言った。「母さん、俺はダンスに行くよ」
「どこで踊るの?」
「悪魔と一緒だよ!」
「そうしなさい。だけど、死んだ父さんのあやまちを繰り返すんじゃないよ」
「心配するなよ、母さん。気を付けるから。俺は自分のことはちゃんと出来る」

ウルンウェルは悪魔とダンスをしに戻った。ダンスが終わって家に帰る時、二人の若い女がついてきた。この二人は、ウルンウェルを遠くから見てウットリしたのだ。

ウルンウェルは心配になって訊ねた。「あんたたちはどこへ行くのだ?」
「あなたのあとをついて行くの。あなたのところへ行くのよ」
「それはダメだ。帰れ。俺はお前のお父さんに叱られるのはいやだ」
そう言って、彼はベルトを外し、それを女にやった。
「これをやるから、家に帰れ。頼むから」

二人の娘は答えた。「これはあなたのベルトです。私たちはこれにつかまって、あなたの家に一緒に行くの」
ウルンウェルはベルトから豚の脂身を外して、娘たちに与えた。「これはみやげだ。だから家に帰ってくれ」
二人の娘はまた言った。「ダメです。この脂身はあなたのもの。私たちはあなたの家に行く」

ウルンウェルは娘たちを帰そうとしたが、どうしてもダメだった。二人がどうしてこんなに頑固なのか、理解できなかった。考え込んでいて、村が見えてきたことも気付かなかった。彼は娘たちを大きなラプラプの葉で隠しながら、村に入った。

二人の娘は、もう自分の親の家に帰ろうとしなかった。娘たちがついて来てしまった以上、どこかに隠れ場所を作るのが、ウルンウェルの役目だった。

娘たちを隠してから、ウルンウェルは自分の母親のところに行ってこう言った。「母さん、食べ物がこれまでの倍要るんだ。」
「何だって? それはどういう意味だい?」
「だって、豚に餌をたくさんやって、立派に太らせなければ。うちの豚は、もうじき牙が丸く曲がり始めるよ」
「どうして?」
「だって、うちの財産は豚だけじゃないか。俺が酋長のランクに上がるには、立派な豚が要るんだ」
「そうかい、よくわかったよ。わたしも何となく予感があったけれど、お前はもうじき結婚するんだね。食べ物をふやしてやるよ」

次の日から、娘たちに食べさせるために、ウルンウェルの食べものは倍になり、やがて三倍になった。

だが、ある日の午後、母親が畑から帰るとき、息子の豚小屋の近くの、ナカタンボルの大きな木のそばで、人の声がするのを耳にした。誰がいるのだろうと見に行くと、驚いたことに、息子が見たこともない二人の若い女と話をしていた。盗み聞きすると、この三人は全くうちとけて笑いあっていた。母親はがっかりした。息子は正直で、忠実で、絶対に親に隠しごとなどしないと、思い込んでいたのだ。彼女はカッとなって飛び込んだ。

「あヽ、お前のやっていることは分かったよ。だから言ったんだ。お前の父親が犯したあやまちを絶対にするなって。あの人はまったく不人情だった。私を孕ませておいて、使い古しのハンカチのように捨てたんだよ。まったくお前はあの人そっくりだ!」

母親が我を忘れてウルンウェルに怒りを爆発させる姿を見て、娘の一人は不愉快で、むしょうにハラが立った。娘は太い棒を握ると、ウルンウェルの母親の頭に一撃を食らわせた。母親は即死だった。娘は自責の念にかられ、その場から逃げ去った。

こうしてウルンウェルは、ペンテコストの伝統に従い、残った娘と結婚することになった。結婚すると、ウルンウェルは村の男たちを呼び集め、ドングを教えた。あの悪魔の踊りだ。何度も練習してから、ウルンウェルと仲間たちは、村の広場で悪魔の踊りを披露した。あの世の酋長の命令を守ったのだ。目には見えなかったが、メリシシの悪魔たちも全員が踊りに加わった。やがて祖先の霊が鎮まった。ウルンウェルの母親も、自分が死んだことで、生きている人間と祖先の霊とを結びつける役目を果たしたので、無事に成仏できたのだ。

代々伝わってきた伝統のダンスは、こうして始まった。


その昔、太陽と月は一緒に暮していた。「友情」という高貴な感情で結ばれ、とても幸せな関係だった。二人は同じ屋根の下で暮らし、毎日肩を並べて歩き、甘美な自然を共に楽しんだ。そんな屈託のない関係がずっと続いた。

ある日、いつものように太陽と月は散歩に出た。別に目的があったわけではない。そぞろ歩いていただけだ。その時、一天にわかにかき曇り、猛烈な雨が降りだした。二人は雨宿りすることにした。都合よいことに、すぐそばに小屋があった。寒くなったので、火が欲しくなった。これも都合よく、枯れ枝が地面に落ちていた。太陽が起こした火は、パチパチと勢いよく燃えはじめた。

「ハラがへった」と太陽が言った。「俺もだ」と月も言った。小屋の近くで見つけたヤム芋を焼くことにした。その時、仲たがいが起きたのだ。

「俺が先に食う。俺はハラがへっているんだ」と、太陽が不機嫌そうに言った。
「ダメだよ、俺の方が先だ。俺の方がもっとへっている」と月が言った。

ひどいケンカになった。「いくさ」と言ってもよい。太陽が月をつかまえて、冷たい水に投げ込んだ。這い上がった月は、太陽を火に放り込んだ。けんかは長いこと続いた。この運命の日から、親友だった二人は敵どうしになった。

朝、太陽が昇ると、月は身を隠す。夕方、月が出ると太陽は隠れる。それからというもの、二人が一緒のところを見た者はいない。火に投げ込まれた太陽は、熱く燃えたままで、冷たい水に放り込まれた月は、ずっと冷え切ったままなのだ。


ペンテコストには、タビとブレという苗字しかない。なぜそうなったのか、教えてやろう。

その昔、ブレとタビという若者がいた。ブレの妹はマタン、タビの妹はマボンで、昔から、ブレはマボンと、タビはマタンと結婚することに決まっていた。それはこんな具合に始まったのだ。

ある朝のこと、一人の若者がマエオ島の海岸を歩いていた。男の名はタビという。砂浜にラプラプの料理に使った木の葉が落ちていた。

「おや、この葉っぱはどこから流れて来たんだろう? 近くに人が住んでいるんだな。たぶんあのラガ島だろう。どんなやつか、会いに行こう」

タビはカヌーを漕いでラガ島に渡った。ナオネに着くと、またラプラブに使った葉が落ちていた。ロルトンに行くと、もっとたくさんあった。ブワンタプニの湾に入ると、丘の上から煙が昇っているのが見えた。カヌーをおりて煙の方へ登ってゆくと、立派なナカマル(集会所)があって、大きなブタが木につないであった。

タビはナカマルに入っていった。女が忙しそうにラプラプを作っていた。

「あんたの名は?」、タビがたずねた。
「マタンです」
「いい名前だな。一人かい?」
「いいえ、夫がいます」
「どこに居るんだ?」
「畑に出ています」
「あんたが作っているのは何だ?」
「ラプラプです。ヤム芋で作るんです」
「生で食うのか、それとも焼いて食うのか?」
「焼いて食べるんです」と、女は火を指さして言った。

タビは立派なナカマルだと言ってほめた。彼の島には、ナカマルのような立派な建物はなかった。彼はアシで葺いたボロ小屋に一人で寝ていた。

タビは思った。「ここの男は、俺よりも強くて頭が良いんだろうな」

ブレがカバの根をかついで畑から戻ってくると、妻が家の外にいた。「ラプラプは出来たかい?」。「出来てますよ。でも、男の人がナカマルであなたを待っています」

「やあ、こんにちは」とブレが声をかけたが、タビは黙っていた。

ブレは若くて筋骨隆々の大男だった。チビでやせっぽちのタビは、「何かあったら、こいつには一発で殺られるだろうな」と思った。

「どこから来たんだ?」と、ブレは聞いた。
「マエオ島だ」
「俺に会いに来たのか?」
「そうだ。お前がここに住んでいることは、前から知っていた」
「どうして?」
「お前の妻が知らせてくれたからな」
「なに、マタンが知らせたと?」とブレは叫んだ。
「そうさ。お前がラプラプを食うたんびにな」
タビはウソをついた。ブレが自分より利口かどうか試したのだ。

ブレは嫉妬心にかられ、イライラして言った。
「そうか、前から俺を知っていたというのなら、カバをごちそうしよう」

だが、内心では全く違うことを考えていた。
「このチビ野郎は、面倒を起こしそうだ。殺してしまおう」

タビは、自慢げにこう言って、ブレを怒らせた。 
「俺の方がお前より頭が良いことは、お前も知っているだろう」

ブレは言った。「それはちがう。頭が良いのは俺の方だ。俺はナカマルを持っているし、ブタも飼っているし、広い畑もある。妻だっている。それに、いつもラプラプを食っている。お前は魚みたいに泳いで来た。お前は浜辺でラプラプの残りものを食ったが、あれはお前が腹をへらして死なないように、俺の妻が恵んでやったものだ」

「良く聞け。俺はけんかなどしたくない。お前が俺より強く、俺を殺すことなど朝めし前と分かっている。一つ提案がある。俺は自分の島に帰るから、三日たったら俺の家に来い。お前より俺の方が利口だということを教えてやる」
「わかった。お前の提案を受けよう」
「三日後に烽火を上げるから、煙を見たら俺の島に来い。ナカマルで待っている」

タビは島に戻って、大急ぎでナカマルを建てた。建て終えると、亀を捕まえてナカマルにつないだ。それからナベレの枝を集めた。ナベレの実を半分に割って果肉を食べ、残った枝をナカマルにつるした。三日目に大きな烽火を上げた。

ブレは煙に向かってカヌーを漕ぎ出した。ブレはタビのナカマルを見た。亀が木につながれ、ナカマルにはナベレの枝がつるしてあった。
ブレは笑い出した。笑いが止まらなかった。床の真ん中に掘ってある大きな穴を見て「あれは何だ」と聞いた。
「穴さ。天気の悪い時はあそこで仕事をするんだ」

ブレはまた笑った。「お前みたいなバカを初めて見たよ。お前は俺のナカマルをそっくり真似て作った。ブタのかわりに亀をつないだ。お前は木の実しか食わない。まったく笑わせやがる」

タビは怒った。「よし、俺はナカマルの中にいるから、お前は火をかけろ。俺がナカマルと一緒に燃えてしまったら、お前は俺より利口。もし俺が生きていたら、俺の方が利口ということになる」

「わかった」と言って、ブレはナカマルに火をつけた。
ナカマルは燃えに燃えた。煙が消えたとき、タビは生きていた。

タビはどうやってナカマルと一緒に燃えなかったのだろう?
それは簡単なことだ。タビは穴にもぐり、水を吸った木で入り口をふさいだ。ナカマルが燃え尽きた時、木をのけて穴から出てきたのだ。

「俺だって出来る」とブレが言った。
「じゃあ、やってみろ」とタビが言った。「もし出来たら、お前の方が利口だと認めてやる」
「わかった、やるぞ。俺の島に行こう」

二人は夫々のカヌーでブレのナカマルに向かって漕いだ。到着すると、ブレはナカマルの真ん中に座った。

ナカマルは燃えた。燃えさかる火の中から、ブレの苦しげな叫びが聞えた。ブレはナカマルと一緒に燃えてしまったのだ。

煙が消えた時、ナカマルの真ん中には、ブレの焼け焦げた死体しかなかった。
ブレは頭は良かったが、知恵が足りなかった。それで死んでしまったのだ。

タビはマエオ島に帰らず、未亡人になったマタンを娶った。
マタンが産んだ女の子はマボンと名付けられ、男の子はブレと名付けられた。

この子供たちが大人になって、ブレは姉のマボンを娶った。この二人から生まれた二人の子供は、タビとマタンと名付けられ、また二人が結婚して、いう具合に、ずっと繰り返されてきた、というわけさ。


注) ラプラプ: バヌアツの伝統料理(写真参照)。タロイモをすりおろし、バナナとココナツミルクを混ぜて練り、葉っぱに包んで蒸し焼きにする。食感は日本の「ういろう」に似ている。

聖書によれば、神様はこの世の始まりに、天と地をお創りになった。地上は何もなく、暗闇に包まれ、神霊が水の上を漂っていた。「光あれ」と言われると、光が現れた。神様は光を見て喜び、光を闇から切り離して、光のある時を昼、闇を夜と名付けた。うつりかわりの時が夕方と朝になった。これが最初の日である。神様は土地があるべきと考え、海の中に土地をお創りになった。

それと同じ頃、ペンテコスト島の南の方でも、この世が始まっていた。土地があって木が生えていたが、人間はいなかった。その土地にヤシの木が一本立っていた。このレブレオネという土地に生えていたヤシの木が、この世でたった一本のヤシの木だったのだ。ある日、ヤシの木に花が咲いた。けた外れに大きな花だった。つぼみが開くと、中から八人の男が出てきた。最初の男がバークルクルだった。

男たちは花から出て、ヤシの木の根もとに落ちていたバナナの葉の上で、大きな伸びをした。ヤシの木には、若いヤシの実がなっていた。男たちは、ヤシの実の傷から流れ出る果汁を、ミルクのように飲んだ。それ以来、それが男たちの飲み物になった。

男たちは成長して共同の家を建て、それをナカマルと呼んだ。それは、何か危険が起きたときに、集まる場所だった。男たちは自分の家も作ったが、ナカマルで一緒にいる方が好きだった。

バークルクルが言った。「俺たちが生き延びるには、いろいろな食い物が要る。それがないと俺たちは死んで、この世から消えてしまう」

酋長になったバークルクルは命令した。「あそこに、栗みたいな実がなっているのが見えるだろう。ナマンベだ。採って来い」

男たちは谷に入って、ナマンベの木に登り、実を採ってナカマルに持ち帰った。それから、2本の木をこすり合わせて火をおこし、その炭でナマンベの実を焼いた。
酋長が言った。「食ってみよう」

ナマンベはザラザラした舌触りだったので、バークルクルは、それを7番目の男に投げつけた。木の実は男の急所に当たって、へばりついた。男は泣いて取ろうとしたが、なかなか取れなかった。やっと取れたとき、男の急所も一緒に取れてしまった。男は泣き叫んだ。男は女になった。

男の様子が変わったので、他の男たちはこう叫んだ。「出て行け、もうお前とは一緒には居られない」。女はナカマルを出て、自分の家を作った。

酋長が女に言った。「お前にバナナの葉をくれてやる。持って行け」 女はそれをうまく利用したいと思った。細く裂いて房のようにして、ナタングラの葉のスジを使って、帯と腰ミノを作った。女はその腰ミノでやっかいなところを隠した。

男たちはナカマルで一緒に暮らし、女は少し離れた自分の家で暮した。

バークルクル酋長が言った。「食い物がいろいろあった方が良い。美味いものを探そう」
彼は6番目の男に、女のところに行って、料理をする火をもらって来るように命じた。
男は女のところに行き、「セルモプ、火が欲しいんだ」と言った。南ペンテストでは、割れたクリの実のことを、セルモプと言う。

女は答えた。「良いわよ、兄さん。火を持ってらっしゃい」
彼が火をもらってナカマルに戻ると、他の4人の男が聞いた。「女は何て言った?」
男はニコニコして言った。「俺のこと、兄さん、と呼んだ」
男たちはこの新しい言葉を聞いてびっくりしたが、すぐに慣れた。火を使って料理が始まった。

バークルクル酋長は、5番目の男を女のところに行かせた。「貝をもらって来い」
5番目の男は女のところに行き、「貝をくれないか」、と言った。
セルモプは彼の顔を見て優しく言った。「いいわよ、お父さん。貝をあげます」
男が貝をナカマルに持ち帰ると、他の男たちはせっついて聞いた。「女は何て言った?」 
「俺のことを、お父さん、と呼んだよ」

酋長はちょっと考えてから、4番目の男に、野菜をもらってくるように言った。
セルモプが言った。「私のいとこさん、何が要るの?」 
「野菜をもらいに来た。」
セルモプは畑から野菜をとってきて男にあげた。男がナカマルに帰ると、他の男たちがいつものように聞いた。
「お前には何て言った?」
「いとこ、って言ったよ」

酋長は3番目の男の顔を見て言った。「水を入れて運ぶ竹をもらって来い」
セルモプのところに行くと、
「はいはい、おじいさん。竹をあげましょう。これでどこでも冷たい水が飲めますよ」
ナカマルに戻ると、彼は急に歳をとったように感じた。「俺は、おじいさん、だってさ。あの娘は親切だよ」

野菜の料理が出来ると、二番目の男に塩をもらって来させた。
セルモプは「私の息子、大きくなって強くなったね。あなたは何が要るの?」
「塩が欲しい。」
「はい、これが塩です。これからはいつでも会いにいらっしゃい」
ナカマルに戻ると、他の男たちに言った。「私の息子、だってさ」

食事が終わると、バークルクルは自分でセルモプのところに行き、女の前に立った。
「水をくれ」
女は優しく見つめて言った。「お友だち、水をあげるわ。だけど、どんな水が欲しいの? 私の愛しいお方」
バークルクルは頬がゆるみ、水をもらってナカマルに戻った。戻ってくるのを見て、他の男達は走り寄った。バークルクルはまだ息苦しかったが、こう言った。「俺には、お友だち、愛しいお方、だと」
他の男たちはピンときた。「それは良かった!あの女は酋長と結婚したいんだ!」

夕方になって、太陽がアンブリム火山の彼方に沈み、夜のさざめきが繁くなった頃、バークルクルは女の家に行った。二人は愛し合った。9ヶ月の後、セルモプはバークルクルの子を産んだ。こうして人間が地上に現れ、南ペンテコストで増え始めた、というわけさ。


地質学者によれば、バヌアツで最初に出来た島はペンテコスト島だという。彼等はその説に自信があるらしい。ペンテコストの住人たちも、殆どの人がそう信じている。島の北側の住人は、伝説上の最初の人間とされるタガロは、隣のマエオ島の東岸のフンビオから出たと考えている。マエオの住民のラガ族も、タガロが自分の島の生まれだと信じているが、だからと言って、マエオが一番古い島だとは思っていない。

ペンテコスト南部のブンラップとバリアベイの連中は、ペンテコストがこの世で最初に出来た島で、最初に表れた巨人バークルクルは、島の南部から出たと考えている。島の中央部のメリシシに住む山岳族のギハレも同じ考えで、タガロとバークルクルがこの世を創ったと信じて疑わない。もっとも、タガロとバークルクルは同一人物なのだが。

これらの説から、この世はペンテコストから始まったと考えるべきだ。ペンテコストの二大部族、タビ族とブレ族もそう伝えている。これからする話は、ペンテコスト中部ワンメル村出身の、タビ・マーセルから聞いたものだ。

その昔、丘や崖の岩場を造成して、村がいくつも作られた。丘や川、峡谷や滝に囲まれた場所に、ワンメルという村があった。村の住民は幸せだった。全てがシンプルな時代だった。勿論、戦いもあったが、人々は戦いに慣れていたし、どの戦いも長くは続かなかった。その理由は、彼等が豚を育てなければならなかったからだ。その頃から、「伝統」イコール「豚」であった。メラネシア社会では、豚をたくさん所有すれば、その人の社会的なランクが上がる。だからペンテコスト中部でも、豚を一生懸命に飼ったのだ。

人は豚に話しかけた。「うるさいぞ、ブゥブゥ言うな。餌は十分にやっている。俺がお前たちのことを忘れたことがあるか? 早く大きくなれ。お前たちは俺の財産だ。お前たちのおかげで、俺のランクが上がる」

ワンメル村の住民は、豚の世話をする時は嬉々としていたが、丘から東の方を見る時は、不安で心が落ち着かなかった。その方角は、死者がその魂と出会う場所なのだ。だから、村人はその場所のことを耳にしただけで、恐ろしくて震えあがった。東の海岸は死者の地だったのだ。

ワコスという老人がいた。老人は東の海岸ではおかしなことがたくさんあると聞き、見に行こうと思い立った。そこで、彼は豚に声をかけた。「おい、旅に出るぞ」

東の海岸に行くのは初めてだった。彼が豚を連れて出かけるのを見て、村人は心配した。

「どこへ行くのだ、ワコス」
「俺は東の海岸へ行ってみる」
「気でも狂ったか。あそこは死者の地だぞ。生きて帰れないぞ。ワコス、行ってはダメだ」

老人は耳を貸さなかった。東の海岸に着くと、枝を切り落として囲いを作り、その柵の中に2匹の豚を入れた。こうして豚が畑を荒らさないようにしてから、ワコスはヤムイモを植えた。畑はだんだん大きくなり、持っていった苗が足りなくなったので、彼はワンメルに戻った。家に帰ると、村人は驚いて彼を囲んだ。

「ワコス、よく帰ってきたな」
「死んだと思っていたぞ。2週間も見なかったからな」
「どうだった?話してくれ」
「何も変わったことはない。俺の豚は囲いの中で太っているし、俺の蒔いた種は芽を出した。畑の草取りもした。もっとヤムイモを植えるので、その苗を取りに来たのだ」
「だが、ワコス、祖先の幽霊は見なかったのか?」
「そんなものには、会わなかったぞ」

翌日、ワコスは東の海岸に戻り、さっそく畑仕事を始めた。

「あのノトウはうるさいな」 彼は小石を拾って、その鳥を目がけて投げた。
「邪魔だ、あっちへ行け」

ノトウは他の枝に飛び移ったが、すぐ戻ってまたワコスの邪魔をした。「邪魔だぞ。あっちへ行け。俺には仕事があるんだ」 彼はまた鳥に向かって石を投げた。

「生きている人間が、どうしてわしに向かって石を投げるのだ? わしが分からんのか? わしは死んだ人間の酋長だ。ここはわしの国だ」

ワコスは、体の中を瘧のように熱が走るのを感じた。眠気が襲い、あたりが霞んで見え、やがて気を失った。小鳥の声が催眠術をかけたのだ。

「ワコスよ、お前の前にある葉を食うのだ。食い終わったら目を閉じよ。わしが言うまで開けてはいけない。これから死者の世界を見るのだ」

ワコスは葉を食べ、目を閉じた。すると体が浮き上がるように感じた。体が空気のように軽くなった。長い夢を見た。夢は声が聞こえるまで続いた。

「ワコスよ、目を開け」
ワコスが目をあけると、目の前に大きな岩があった。これまで見たことのない場所だった。その大きな岩がくるりと回り、割れ目が現れた。洞穴の入り口だった。

「入れ、ワコス。入るのだ」
ワコスが割れ目に入ると、背後の岩がくるりと回り、穴はふさがれた。その時、ワコスの目の前に不思議な光景が現れた。人間が3列に並んでいた。彼等の足は地面についていなかった。まるで空中に吊るされているようだった。一人一人が薄い霧に包まれていた。化石のような人間たちはみな顔を空に向け、天から来るものを待っているようだった。ワコスは息を止めて前に進み、死者の列の間を歩いた。突然、ワコスは4年前に死んだ自分の息子を見つけた。

「ワカル! 俺の息子だ。だが、触っても空気を掴んでいるようだ!」
ワカルは動かなかった。ワカルには何も聞こえていない。彼は死者だった。

彼は次の像のところに行き、それが死んだ父親とわかった。
「父さん、父さんだ!」

彼はまた次の像に行った。母親だった。
「母さんだ!」

グループになっている像に近づいた。それは死んだ村人たちだった。
「俺の村の人たちだ! あんたとは前に会ったことがある! 答えてくれ。聞こえるだろう、おい、何か言ってくれよ」

その頃、ワンメルでは村人が心配していた。

「ワコスが東の海岸に行ってから、もうひと月になるが、何の連絡もない」
「あれほど行くなと言ったのに。探しに行こうか? だが、東の海岸と聞いていただけで、どこだか分からない。俺達の親も行ったことのない場所だ」
「やっぱり、行ってみよう」
「おい、あいつの家の豚は飢えて死にそうだぞ」、「あいつは篭と斧を家に置いたままだ」
「すぐ行ってみよう。だが恐ろしいな。まず酋長に相談しよう」
「ワコスがいなくなりました。篭と斧は家にありました。彼の豚は餓死しそうです」
「もう少し待ってみよう。帰ってこなかったら、彼の葬式を出す。だが、もう少しだけ待とう」

ワコスは死者の中で生きていた。彼は腹も減らず喉もかわかなかったが、寒かった。洞穴の中で死の冷たさが骨の髄まで滲みていた。

「死者の酋長、お願いがある。俺を村に帰してくれ。俺は、しゃべらない人間、動かない人間、冷たくなった人間と一緒にいるのはイヤだ。酋長、俺を家に帰してくれ」

「ワコスよ、お前は帰ってよい。生者の家に帰れ。お前の村の人たちのもとへ帰れ。一度だけ生き返るチャンスをやる。もう一度だけお前の家で生きてから、お前は死ぬ。そしてお前の霊は俺のもとに来る。目を閉じろ。わしが声をかけるまで開けるな」

ワコスは目を閉じ、体が浮き上がるのを感じた。何も聞こえなくなった。
「目を開け。人の世に戻ったぞ」
ワコスはゆっくりと意識を回復した。遠くで村人が話している声が聞こえた。
「誰か来るぞ、あっ、ワコスだ!」
「ワコス、戻って来て嬉しいぞ。もう死んだと思っていた。何があったのだ?」

ワコスは話し始めた
「俺が畑でヤムイモを植えていると、ノトウがうるさく鳴いた。誰でもやるように、俺はそいつに向かって石を投げた、するとノトウは・・」

ワコスの話を聞いたワンメルの人たちは、ワコスは気が狂ったのだと思った。
村人の一人が言った。「あいつは気が狂った。だけど、あいつは俺達の病気を治せるぞ」
「おい、俺は腕が曲がらなかったけれど、あいつが触ったら元通りになったぞ」

「ワコス、お前の話が本当なら、俺もそこへ連れて行ってくれ。俺は死んだ息子に会いたい。あいつが死んで淋しくて仕方がない。おれも歳をとったからな」
「じゃあ、俺について来てくれ」
「ワコス、待ってくれ。あいつにサトウキビを持っていってやりたいんだ。子供のころから大好物だったからな」

二人の男は東の海岸に行った。例の葉を食べ、二人は体が軽くなったように感じた。目を開けると、二人の前にワコスが前に見た不思議な光景があった。

「あそこに息子がいるぞ。サトウキビを足元に置いてやれ。触ったらダメだぞ。目を閉じろ」

次の日、老人は死に、ワコスも自分に死が近づいてくるのを感じた。

ワコスは村人たちを集めて言った。「おれはもうじき死ぬ。俺が死んだら、遺骸を離れた小屋に運んでくれ。俺の遺骸にはムシロを掛けず、小屋のドアは開けたままにしておいてくれ」

三日の後、ワコスは死んだ。遺骸はムシロをかけないままで小屋に安置され、彼の妻だけが通夜を勤めた。その翌日、村人がワコスの遺骸を埋葬しに集まった。

ワコスの遺骸がないぞ! 見ろ、足跡がある。跡をたどってみよう」
「この大きな岩の前で止まっているぞ」

その岩を村人たちはムーンストーンと名付けた。その日から、ワンメルの人たちは、ワコスの話を信ずるようになった。 


ペンテコスト南部のブンラップ村に、タイサムルとファセルという二人の兄弟が住んでいた。兄弟は仲良く幸せに暮らしていた。ある日のこと、海は凪ぎ、風が少しだけ吹いていた。遠くのアンブリム島の北端がいつもより近く見え、マルム火山の噴煙がたなびいていた。タイサムルは、アンブリムにいる両親に会いに行こうと思い立った。アンブリムの家族には、随分長い間会ってなかった。

ペンテコストから漕ぎ出す前に、タイサムルは留守中の用心を施した。彼は自分の妻がどんな女なのか、よく知っていた。それで、彼はフェラを作ることにした。南ペンテコストの言葉で、柔らかなヒモを左手の指と右手の指に絡める、「あやとり」のようなものだ。老人達が指で描く砂絵のような複雑な幾何学模様が出来る。タイサムルは柔らかい蔓を使って、妻の小屋のまわりを巨大なフェラで囲った。

「俺がアンブリムの家族に会いに行っている間、お前はこの中にいるのだ」とタイサムルは言った。フェラは妻の守り神だ。妻は夫が不在の間は家から出てはならなかった。

アンブリムでは、海岸に住んでいる人たちが、カヌーが近づくのを見ていた。最初、それは水平線上の小さな点だったが、だんだん大きくなり、それがタイサムルと分かった。タイサムルの家族は、はるばる訪ねてきたタイサムルを腕を広げて迎えた。タイサムルは海に飛び込んで汗を洗い流した。カバが供せられ、男たちが客人を迎えるダンスをした。タイサムルは旅の疲れとカバの効き目でもうろうとなり、深い眠りに落ちた。

ペンテコストでは、タイサムルの妻は捕らわれ人のようだった。小屋のドアが閉じられ、保護の名目で、クモの巣のようなフェラを架けられ、閉じ込められていた。タイサムルは妻にこう言い置いた。「俺はアンブリムに行くが、必ず帰ってくる。もしフェラを触ったり動かしたりするヤツがいたら、そいつはお前に会いに来たということだ」

タブーを破るような厚かましい者は誰もいない筈だ、フェラが妻を守る筈だ、と彼は考えて出発したのだった。

タイサムルの弟のファッセルは狩に出ていた。彼は弓と矢を持ち、森で鳥を探していた。枝の鳥を狙ったが、外れた矢が兄の家の屋根のナタングラの上に落ちた。タイサムルの妻は急いで矢を隠したので、ファッセルは矢を探し続けた。妻はドアの割れ目に唇をつけて話しかけた。

「何か探しているの?」
「矢で鳥を射たのだが、お前の家の近くで失くしてしまった」
「ああ、矢ならここにあるわよ。私の家の中に飛んで来たわ」
「返してくれ」と彼は言った。
「私は動けないの。敷物を編んでいる最中だけれど、長い敷物を私の足に結び付けてあるのよ。だからあなたの矢は取れないの。入ってきて取って」

ファセルは矢を取りに家に入り、女は彼に身をまかせた。男は出てゆくときにあたりを見回し、誰も見ていないことを確かめたが、フェラを元どおりにするのを忘れた。

アンブリムで心ゆくまで踊り、マルムの火のように強いカバを何杯も飲んだタイサムルは、ペンテコストに戻った。

「フェラをいじったのは誰だ? 誰が来たのだ?」タイサムルは妻に問いただした。
「あなたがアンブリムに行っている間、誰も来なかったわよ」と妻は答えた。
「いや、来た! 誰か来た! 俺が出かける前にかけておいたフェラが外れている」

妻が白状しなかったので、タイサムルは村中の男たちをナカマルに集めた。

「おい、みんな、ちょっとやって欲しいことがある。灰の上にクモの巣のような絵を描いてくれないか。年寄りがやるように、地面から指を離さないで描いてくれ」

男たちは灰の上に指を滑らせた。ある者はカヌーを、ある者は亀を、またある者は蝙蝠がパパイヤを食っている絵を描いた。タイサムルは一つ一つ吟味した。弟が描いた絵のところに来ると、それの絵が彼が家のまわりに張ったフェラであることに気付いた。

そうか、ファッセルか! 家に忍び込んだのは俺の弟だったのか!

彼の怒りは大きかったが、その場では大声を出さなかった。「皆の衆、明日は狩に行こう。二人ずつ組むのだ。俺はファッセルと行く」

次の日、タイサムルが天に向かって歌を歌うと、土砂降りの雨が降り出した。男たちは二人ずつ組になって村を出た。タイサムルは弟のファッセルと一緒だった。男は夫々弓と矢を持ち、棍棒を肩に担いでいた。いつなんどき、隣の村が襲ってくるか分からないからだ。

歩きながらタイサムルは弟に言った。「あのサフサフバナナを切って持って行こう」

ヤム畑に着くと、彼は言った「長いヤムイモを折らないように掘り出すんだ」

ファッセルは兄の言うとおりにした。彼は長い棒でヤムイモを掘った。イモの周りに深い穴を掘り、掘った土をかい出さねばならなかった。

「穴をもっと大きくしろ。もっと掘れ」とタイサムルは言った。

ファッセルはもっと掘った。彼は深い穴に入って、長いヤムイモを引っ張り出し、兄に言った。「俺を穴から出してくれ」

タイサムルは、棍棒を力いっぱい振り下ろした。致命的な一撃で頭をかち割られたファッセルは、穴の底にドサッと落ちた。タイサムルはその上にサフサフバナナを放り込んで埋め、何事もなかったように村に戻った。

村に帰ると長老が言った。「弟と一緒ではなかったのか?」

「一緒でした。でも途中でいなくなったんです。一緒に狩をしたんだけれど、俺と弟は違う方向に行ったのです。どこへ行ったのかなあ。まあ、そのうちに帰ってくるでしょう」

タイサムルは弟を埋めたバナナの一房を持ち帰っていた。4日目にバナナが熟れた。「明日、バナナを掘りに行こう」

次の日、タイサムルは妻に言った。「畑に埋めたサフサフバナナを掘り出しに行く。お前も来い」

二人は畑に出かけた。畑に着くと、タイサムルは妻に言った。
「バナナを掘り出してくれ」

女は夫に言われたとおりにしたが、掘っているうちに、穴から異臭が上がってくるのに気付いた。ハエがたかり始めた。肉が腐って分解した臭いが強くなり、死体が見えた。

「人が埋められている。男だわ!」
「そうだ、男だ。だれか分かるか? そいつを食え」
「だって、腐った人間なんて食えないわ」
「この男はお前に会いに行った。お前はこの男と寝た。それを隠して俺にウソをついた。さあ、そいつを食え。聞こえるか? 全部食うんだ。残すのは骨だけだ。さもないと・・」

自分と寝た男を食うのが、この女の運命だった。腐臭をかぎつけたハエが雲のようにたかっていた。

「ゆるしてちょうだい。タイサムル、ゆるして!」
「さあ、食え!」

女は食った。残ったのは骨の山だけだった。そうしてから二人は家に帰った。

その間に、バラバラだったファッセルの骨は、完全な骸骨の姿に戻っていた。ファッセルの骸骨は、村に向かってゆっくりと進み始めた。

タイサムルと妻が家に着いた時、タイサムルは言った。「おい、火が消えているぞ。母さんの家に行って火種をもらって来い」

妻が姑の家に行くと、姑が言った。「あんたは腐った臭いがする。ファッセルが死んで、あんたはその肉を食ったんだろう」
「そうです。ファッセルを殺したのはタイサムルで、彼が私に無理に食わせたのです」

老いた母は息子の家に走って行き、言った。「息子よ、なぜ弟を殺した。お前の弟だよ」

「あいつが俺の家に来たことを、あいつも妻も認めようとしない。5日以内にあいつは生き返る。俺はあいつにそう言っておいたのだ」

その夜、母親は骨がぶつかりあう音を聞いた。
「ファッセル、お前だね」
「見たとおり、俺は生きている。タイサムルが俺を殺したが、俺は生き返った。だが、タイサムルは一度死んだら生き返らない。母さん、この家にあるものを全部持ち出しなさい。俺はこの小石を持ってタイサムルに会いに行く」

ファッセルはナカマルに行って兄を呼び出した。
「ここに出て来い!」
「何で俺を呼ぶのだ?何の用だ?」
「ちょっと話がある」

タイサムルは弟に近づいた。
ファッセルは言った。「お前は死んでも生き返らない。この小石が見えるか? 俺はこの石をここから遠いところに埋める。そしてその隣に母さんの家を作る。明後日、お前は死ぬ」

「どうして俺が死ぬのだ? お前はもう死んだ。俺はこのとおりピンピンしている」
「お前がこの石を探し出して、もっと遠くへ持ってゆければ、生きていられる。それが出来なければ、お前は死ぬのだ。さあ、どうする・・」

ファッセルは母親を連れ出し、小石を紐で縛って背にかついだ。そして歌った。次にファッセルは小石を蔓にくくりつけて引っ張り、そして歌った。ファッセルと母親は少し歩いてはまた歌った。川を渡る時も小石を引っ張り続けた。

しばらく行ってから。ファッセルは母親に言った。「あの丘に登ってくれ。遠くにシロの村が見えたら、言ってくれ」

「ああ、見えたよ。だけどまだずいぶん遠い」

ファッセルはまた引っ張った。石を引っ張って丘を登ると、石は少し大きな石になっていた。

ファッセルはまた母親に聞いた。「母さん、シロの村は見えるかい? まだ遠いかい?」
「ああ、まだまだ遠いね」

ファッセルはまた引っ張った。すると石はもっと大きくなり、蔓でくくりきれなくなった。

ファッセルはまた母親に聞いた。「俺達がこれから行くところが見えるかい?」
「見えるよ」
「シロはまだ遠いかな?」
「ああ、まだ遠いよ。もっと引っ張れ、もっと引っ張れ!」

ファッセルは大きくなった石を引っ張り続けた。イェプの村までたどり着くと、石が欠け落ちて山峡の底に転げ落ちていった。それでもファッセルは引っ張り続けた。

彼はまた母親に尋ねた。「まだまだかい?」
「あの場所は見えなくなったよ」
「では、この石はこのガスノンに埋める。母さんもここに住むんだ。タイサムルは5日以内に死ぬ。死んだら母さんに会いに来る。あいつが母さんに会ったら、今度は俺が来る」

5日後にタイサムルは死に、ガスノンにいる母親に会いに来た。彼は弟に気付いて近付いてきた。

「そうか、お前は死んだか?」と、ファッセルは訊ねた。
「そうだ、俺は死んだよ」
「だがお前は、自分は死ぬはずが無い、と言っていたな」
「悪かった。だが俺は死んだのだ」
「そうか、兄貴。その昔、俺達が広場で踊った時に、地面が俺達の足の下で揺れたよな。あの頃は俺達も幸せだった。全部お前が悪かったのだ。あの頃は良かった。なあ、あの頃のことを思い出そうよ・・」


これはうんと昔の話だ。ブーゲンビル船長がニューヘブリデスに来た時より、もっと前のことだ。その頃、ペンテコスト島はラガと呼ばれていた。ラガの北の方の村では、村人たちは船を出して、マエオ島の南の村や、オンバ島の北西に渡ったりした。その連中はタガロの連中と敷物や女を交換したがったものだ。ラガの南では暮らし方が違っていて、交易の相手もアンブリムの北の連中だった。ラガの中部の山岳族は背が低く、ラガの北や南の村と交易していた。彼等は畑作りが仕事で、みんな働き者だった。

この話は、ラガ中部のメリシシの隣の、レホアの村であったことだ。レホアでは万事が順調だった。村人は安穏に暮らしていたし、近くの酋長たちも村をがっちりと治め、敬意をもって重んじられていた。村人たちは強制されなくても一生懸命に働いた。彼等は体は小さかったが、全身全霊を込めてヤムイモとタロイモを栽培した。彼等のヤムイモは大きくて見事だった。

レホアの村人は豚も飼った。何千匹も飼っていたのだ。豚は食料としてだけでなく、人の社会的ランクが上がる儀式で犠牲に供された。豚は柵の中で飼われ、中には牙が何重にも巻いたのもいた。そういう豚は特別に注意深く飼われた。そんな豚を持っている者は大酋長としてあがめられた。もともと働き者だったレホアの男たちは、自分の畑をイノシシから守るために石で囲いを築いた。侵入者や盗賊への備え、つまり畑を荒らしたり地面を掘ったりするイノシシを防ぐことだが、は万全だったのだ。

だから、暮らしは楽だった。男たちは畑でタロイモやヤムイモを栽培し、イノシシは石の囲いの向こう側からそれを眺めていた、というわけだ。ところがある日、大事件が起きた。

畑がメチャメチャに荒らされたのだ。囲いは倒され、地面はほじくられ、ヤムイモもタロイモも掘り返され、バナナの木は倒された。それは大惨事というべきものであった。

「イノシシの足跡は無いぞ!」
「豚じゃないのか?」

レホアの男たちはあちこち見回ったが、破壊活動の犯人を示唆するような痕跡は全く見当たらなかった。男たちはナカマルに集まってタンモノク酋長の意見を聞いたが、酋長も当惑するばかりだった。「みなの衆、わしも何だか見当がつかぬ。わしも畑を見た。何も痕跡がない。全く何がどうなったのかわからぬ。だが犯人は探し出さねばならぬ。何者かがやったはずだ。明日の夜、誰か二人選んで徹夜で畑を見張らせろ。そうすれは分かる筈だ。誰か行ってくれるやつはいないか?」

ボランテイアが数人いた。酋長は二人を選んだ。

「テマデロルとウェンゴ、おまえたち兄弟は屈強だし、何よりも今回のことにハラを立てている。明日の夜、おまえ達が畑を見張るのだ。臆病になったり逃げ出したりしたら、殺すぞ」

翌日、夕暮れになると兄弟は畑に行った。レホアの酋長に言われたとおり、彼等は大きな木の下で野営した。あたりを静寂が包んでいた。聞こえるのはコオロギだけだった。突然、川の方からとてつもない音が聞こえた。それは畑の方に近づいてきた。兄弟は恐怖で震え上がった。大ウナギのナマラエが川から這い上がり、通り道にある物をなぎ倒し、石の囲いを破壊し、タロイモやヤムイモを食い荒らした。腹が一杯になると、ナマラエは兄弟の隠れている目の前で川に戻っていった。

夜が明けると、兄弟は大急ぎで酋長の家に行った。テマデロルは言った。「酋長、俺達は見ました。とてつもない大ウナギでした。川から上がって、石の囲いやあらゆるものを壊しました。そしてタロとヤムを食い荒らしたのです。あれは殺すしかない!」

「それは信じられないな」と酋長は言った。「畑をこわす大ウナギの話なんて聞いたことがない。村人を全員集めよう」と言って、大きなタムタムを叩いた。

集まった男たちも、二人の話を信じなかった。ウソだと思ったのだ。

だが、酋長が言った。「皆の衆、この際、二人の話を信ずる他に手がない。さて、兄弟。もし大ウナギが見つからなかったら、おまえ達をこのナメレの木に縛り付けて、火あぶりにする。わかったか? うそだったら死罪だぞ。さあ、斧と山刀を持て。竹槍と長い投げやりも持って行くのだ。川ざらいをするぞ」

村の全員が川に向かった。ある者は川をせきとめ、ある者は深い水溜りを竹の桶や瓢箪でかい出した。突然、一人の男がウナギを見つけて叫んだ。「居たぞ、こいつだ。この岩の下だ!」

「違う」とウェンゴが言った。「そんな小さいやつじゃない」

その頃、山の上では、ガジュマルの高い枝に黒い雲がからまっていた。雷鳴が轟き、雨が降り出した。雨の中でも、男たちは一生懸命に川をかい出していた。突然、地面が大きく揺れ、雷光を冠した大ウナギが現れた。男たちは夫々の武器を投げた、斧、ナイフ、竹やり、石、、、一人の男が投げた大きな石がナマラエの頭を砕くと、ナマラエはまるでヘビのように石に巻きついた。同時に雷鳴が地面を揺るがし、巻き上げられた石がナマラエにトドメをさした。

ナマラエは死んだ。男たちはその死体を、太い棒にまきつけて村に持ち帰った。森で焚き木を拾い、獲物を料理することにしたのだ。全員が勝利に目がくらみ、広場ではダンスが始まった。テマデロルは一人だけナカマルに残り、大ウナギを見守っていた。誰かが呼んでいる声が聞こえた。それはナマラエだった。まるで生きているかのように真っ直ぐに立っていた。

「怖がらなくても良い。お前に警告を与えるだけだ。俺を焼く前に、お前の兄が戻ってきても、ナカマルに行ってはいけない」

テマヂロルは理由を聞きたかったが、ナマラエはそれ以上何も言わなかった。

男たちが焚き木で火を熾し始めた時、テマデロルはウェンゴにナカマルから出るように言った。

ウェンゴは「放っといてくれ、俺は他の連中と一緒にいたいのだ」と断った。

その時、ナカマルに煙が立ち込め、地面が鳴動し、ナカマルがグラリと揺れた。中にいた男たちは驚いて外に出ようとしたが、煙で何も見えなかった。すると、ナマラエはナカマルを背中に乗せて川の方へと運んだ。男たちがナマラエを殺した場所に着くと、男たちを入れたナカマルを背負ったまま、水に潜った。ナカマルとその中にいた者は深い穴に沈んだ。ナマラエがナカマルのドアの前でとぐろを巻くと、男たちは石になり、ナカマルも大岩になった。

今も、石になったレホアの男たちとナカマルを見ることができる。ナマラエも、そいつが畑に残した痕跡も残っている。その場所は草も生えない。村には大ウナギを料理しようとした囲炉裏の跡もある。レホアのナカマルと男たちを飲み込んだ川は、ペンテコストの丘の間を今も流れ、バトナブネの海に注いでいる。