右の Google の画像でわかるように、マクラ島は面積2平方キロほどの小さな島で、今も150人ほどの小集落が一つ(左上部)あるだけだ。
人口21万人が63の島々に分かれ住むバヌアツでは、今も110種の伝統言語が使われている。一集落一言語に近いが、マクラ島の伝統語の「Namakura語」は、周辺の島々を合わせて約2850人が使っていると言う。それだけ近隣の島々との交流が多かったのかもしれない。
今回ご紹介する民話二題の内、「サコラとチアラ」は、Nabanga の中で唯一の韻文である。原本の注釈によれば、先住民がビシュラマ語の韻文で語ったものを、仏語の韻文にしたという。先住民にとってビシュラマ語は「外国語」で、伝承をビシュラマ語の韻文で語るのは、日本の村人が村歌舞伎のせりふを即興で英語の韻文で語るようなもので、語り部の端倪すべからざる能力に驚嘆する。
小生は詩歌に親しんだ経験など皆無で、その方面の知識も素養もない。韻文の翻訳などもってのほかだが、伝統語の民話がビシュラマ語→フランス語→英語に翻訳され、オリジナルの韻文の香気は失われた筈だ。この際ヤケッパチで、七五調の戯れ歌風(字余り随所)に訳すことにした。七五調で読んでいただくと、粗雑な訳詩のボロが少し隠れるかもしれない。
むかしむかし マクラの島に 男が二人 おったとさ
サコラとチアラ 気の合う二人 毎日毎日 日暮れになると
沈む夕日を 浜辺でながめ どこで寝るのか あの太陽は
寝ぐら見ようと カヌーを出して 沈む太陽 追いかけた
来るな! 寄るな! やけどで死ぬぞ!
太陽 叫んで 追い返す
カヌーを反し 今度は二人 月を追いかけ 漕ぎ出でる
冷えこむ海で 凍える月は ここは冥界 寄ることならぬ
強く諭すも 聞かない二人 月は怒って 高浪起こし
哀れ チアラは溺れ死ぬ
命からがら サコラは陸へ 泳ぎ着いたる 見知らぬ島の
名はメリイ島 女護ヶ島!
潮くみ女に 手まねきされて フグは食いたい 命は惜しい
サコラ おずおず 小声で尋ね
あんた、ダンナはいるのかい? いたら おいらは殺される!
女ほほ笑み 恥じらい隠し
ダンナいるけど 昼間はいない 夜しか来ぬから さあどうぞ
おまえのダンナ いったい誰さ? おいらみたいな男かい?
いえいえ 全然ちがうのよ さあさあ おいで 今のうち・・・
夜のとばりが とっぷり下りて メリイの空に 黒い影
どこの屋根にも 黒い影
あそこにいるのが 私のダンナ
女指さす 暗やみ先の 梁にいたのは 大蝙蝠!
女護ヶ島では 大蝙蝠が どこの家でも 女のダンナ
エッと見開く サコラの目玉 おいらの国では 蝙蝠はごちそう
恋のカタキの あの大蝙蝠を おいらが殺して 食ってやる!
サコラと女は ひっそり隠れ 暮らす男女の 行きつく先の
女のハラの ポンポコリンは 女護ヶ島では 無かったことよ
友に聞かれて 女が言うに そうよ 男よ 男と寝れば
ハラがふくれる 子が出来る 蝙蝠がダンナじゃ こうにはならぬ
ほかの女も 試してみたい 引く手あまたの サコラの役目
家々を巡りて 夜も日もあけず はげむあの道 修羅の道
ボコボコ生まれる サコラの子供 女児も男児も スクスク育ち
メリイの島は 大ハーレム!
いつしか過ぎる 夢の時 ふと忍び寄る 里ごころ
マクラの島よ 人たちよ いったい どうして いるのやら
そんなある日の 昼下がり サコラが見たのは 一人の女
岸にたたずみ 海見るは 旅人らしい おばあさん
あんた誰なの? どこから来たの? 何しているの? どこ行くの?
わたしゃ旅人 シヴィリト族で 島を巡って 漁りが暮らし
サコラ息のみ 訊ねたことは それなら行くか マクラの島へ?
老婆うなずき 嬉しい答え ええ行きますよ マクラの島も!
サコラ飛び跳ね 老婆にせがむ 旅の道づれ 世の情け
ああ懐かしや マクラ島 早く会いたや マクラ人
夢にまで見た わが島よ はやる心は 空を飛ぶ
老婆の正体 シヴィリトの神 サコラに教える 旅路の手立て
先ず原に出て 葦を刈り 葉をむしらずに 結わえ合い
六束まとめて 背に担げ それが代わりよ 空飛ぶ翼
そして集めよ 熟れたヤシ 中の白い身 滋養美味
老婆がかける まじないで 旅の道具に すがた変え
次に老婆は 自分の衣装 いっさい脱ぎ捨て サコラに与え
サコラ身に付け 老婆に化けて シヴィリト族の 守り神
シヴィリト仲間は 魚を獲って 捧げる先は 老婆の神へ
だがその実は 替え玉サコラ 老婆のふりして 受け取る獲物
サコラ 老婆に言われたように 仲間あざむき 魚は食わず
こっそり食うは 熟れたヤシ 空飛ぶ旅の ハラの糧
空飛ぶシヴィリト 島から島へ 夜毎の漁り 続けるほどに
トレスを過ぎて バンクスも アンバエ、アンブリム、エピ、マエオ
旅は夜のうち 闇のうち 翼連ねて 飛ぶ夜ぞら
魔法かかった 葦束背負い サコラは祈る 旅のそら
夜は明けるな 日は出るな 夜長ければ はかどる旅よ
月の旅路の 終わらぬ内に 早く着きたや マクラの島に
故郷の島よ 友がらよ 俺の血潮よ わが命
とうとう着いたぞ マクラの島に シヴィリト仲間は 漁りのしたく
衣装脱ぎ捨て 翼も外し 老婆のサコラが 見張りの役目
中に一人の シヴィリト娘 きれいでかわいい 気になる少女
いたずら心を 起こしたサコラ あたり見回し 足しのばせて
盗みとったは 白くて軽い 少女が脱いだ 空飛ぶ翼
サコラは隠す 岩の下
いざ出番だぞ 魔法の葦よ サコラはほどく 結わえた葦を
最初の葦束 両手にとって 大地をたたく 力をこめて
夜を消し去り 光を呼ぶぞ 止める歩みは 宇天の月よ
波間に沈み 夜は白む
次の葦束 両手にとって 大地をたたく 力をこめて
真黒き海に 青さがにじみ 東の空に 紅さす雲が
次の葦束 両手にとって 大地をたたく 力をこめて
海はバラ色 空燃えあがり 風吹き始め 陽が昇り出る
残る葦束 両手にとって 次々たたく 力を込めて
弾ける光 隅ずみ照らし 神がもたらす この世の栄え
だが 浜辺では 一人の少女 翼失い 茫然自失
大事な大事な わたしの翼 確かにここに 置いたはず
なぜ? どうして? わからない!
声にはならぬ 悲痛な嘆き 耳を貸すのは 波しぶきだけ
サコラは急ぐ おのれが村へ はやる心に はや気もそぞろ
忘れ去ったは あの出来心 少女の翼 隠した悪さ
マラコトはどこだ 俺の村 俺の家族は どこにいる?
やっと見つけた 我が村の 踊りの広場 懐かしき
だが草ぼうの 地面には ダンスの踏みあと 絶えてなく
広場のヌシの 木のドラム 叩く者なく 見捨てられ
サコラの失せた マラコトは 悲しみの底 喪に伏して
歌も踊りも せぬままに ひっそり暮らす 長い日々
サコラがたたく 木のドラム 初め寂々 後轟々
いぶかる村人 喪のうちに ドラム叩くは 禁破り
それを破るは どこの誰? いったいぜんたい 何事ぞ?
ドラムが招く 人の波 広場に寄って 見たものは
ドラムをたたく あのサコラ 行方知らずで 死んだはず
湧きあがる歌 叫ぶ声 踏み鳴らす足 ほこり立て
村の広場に 渦巻くは 汗が飛び散る ダンスの輪
サコラが 生きて 戻ったぞ! 夢ではないぞ あれを見よ!
大酋長の 指示のもと 畑に走る 男たち
掘るはタロイモ ヤムイモも 惜しむことなく 山積みに
かまどの支度 女たち 大忙しの 大車輪
夜のとばりの おりる頃 かまどが開き 出る料理
湯気たっぷりの ヤムイモや 煙をあげる 豚の肉
うたげが済んで ナカマルで サコラを囲む 男たち
サコラが語る 旅のあと 女護ヶ島の メリイから
トレスを過ぎて バンクスへ
アンバエ、アンブリム、エピ、マエオ、、
そうだ! しまった! 忘れてた! 戯れ心の あのわるさ!
シヴィリト娘の あの翼 隠したままの 岩の下!
サコラは走る あの浜へ シヴィリト娘 どこに居る!
呼べど叫べど 声はなく 静まりかえる 磯の月
時を戻して あの少女 失くした翼 見つからず
一人ぼっちで 気落ちして 浜に座って 泣きじゃくる
それを見かけた マレハケラ 男の神で ひとりもの
泣く娘(こ)をなだめ わけを聞く
わたしの翼、見なかった?
探してやろう、ついて来な ワシの棲みかは すぐそこだ
でも家なんか 見あたらない あなたのお家は どこなのよ?
ワシの棲みかは あの岩の くぼみの下の 土の中
えっ、あの穴がお家なの? それなら わたしが 教えましょう
木と葉で作る ひとの家
二人が暮らす 木の家で 月日が流れ 子が生まれ
最初の男児は カリシプア 次の男児は タファキセマ
最後の女児は レイプアプア
すくすく育つ 兄弟の 遊び道具は 弓と矢の
狩のしたくで 野を走る
カリシプアが 追う獲物 日なたぼっこの 岩トカゲ
タファキセマの 助太刀に トカゲは逃げる 岩のかげ
二人が力ふりしぼり もたげた岩の その下に
隠されたのは まぎれなく 白い大きな 鳥の羽根
びっくり仰天 逃げ帰り 息切れ切れに 母に言う
見たこともない でかい鳥 化け物だったと カリシプア
そうではないよ 動かない ただの羽根だと タファキセマ
では確かめようと 母と子ら 浜に出かけて 除けた岩
とたんに変わる 母の顔 声もちがって うちふるえ
しばし見つめる 白い羽根 思い当たるに 時要らず
行かねばならぬ この身こそ あわれ捨てゆく 子と父を
うつろに洩れる その言葉 聞く子らには のみ込めず
何にも知らぬ メレハカラ 日はまだ高く 汗流し
掘るはヤムイモ 草とりに 精出す 子のため 母のため
家に帰った母親は 豚を屠って 焼き上げて
子らを集めて 前に置き 残す言葉も じみじみと
父が戻らば 忘れずに 父に伝えよ たがいなく
必ず食せ 豚のアタマ たがうべからず この決まり
全てを終えて 母親は 表に出でて 空見上げ
ふるえる手には 我が翼 羽ばたいてみる 試みに
久かたぶりの 手ごたえに 嬉しさ哀しさ あいまじり
負い直したる 背の翼 祈る心の 切なるは
我を運べよ 野の風よ 昔どおりに 天高く
シヴィリト人の ワザもって 光のように つと早く
空飛ぶワザを 取り戻し 母は巧みに 空を舞う
初めて目にする 母のワザ 子らは驚き 声もなし
晴れ渡る空 限りなく 母の翼は 天を駆け
陽にちかづくや 身をかわし 大地に向けて 矢のごとく
翼がおこす 旋風が 地上の草木 なぎ倒す
畑しごとの メレハカラ 吹き飛ばされて 地に倒れ
体を覆う 折れた木々 掘ったヤムイモ 宙に舞う
地上に降りた 母親は 怯える子らに 近寄りて
二人の子らを いだき寄せ 別れのくちづけ 二度三度
つきぬ別れを 振り切って 飛び立つ母は 空の点
置きざりされた 兄弟は ただ泣くばかり 野に立ちて
駆けつけてきた 父親は わけも分からず 呆然と
やがて泣き止む 兄弟は 一部始終を 父に告げ
母が残した 伝言を 父に伝える たがわずに
必ず食せ 豚のアタマ たがうべからず この決まり
妻の遺言に たがわずに 泣く泣く食す 豚のアタマ
遠のく意識 萎える四肢 やがて息止む メレハカラ
母を失い 父も逝き 兄弟妹は みなしごに
残されていた 10枚の シュロで編まれた 敷物は
戸口に架けて 喪に服す マクラの島の ならいなり
その昔、マクラ島におばあさんと孫娘がいました。おばあさんは孫娘をとてもかわいがり、一生懸命に育てたので、孫娘はおばあさんがとても好きでした。孫娘の両親はどうしたのかというと、誰も治せない不思議な病気にかかって死んでしまったのです。孫娘がいちばん気に入っていたのは、おばあさんがしてくれる結髪でした。おばあさんは不思議な貝の櫛で髪を結い上げました。孫娘はその櫛のことをもっと知りたいと思うようになりました。
ある日、おばあさんが出かけたので、孫娘は貝の櫛を隠しました。あとでよく見ようと思ったのです。午後になって、おばあさんはいつものようにおひるねをしました。絶好のチャンスです。でも、がっかりしました。その宝物を手にとって表も裏もよくよく見たのですが、まったく普通の貝殻だったのです。おばあさんだけが魔法をかけられるのでしょう。まったくがっかり。孫娘は腹を立てて、その貝殻を遠くへ放り投げてしまいました。
翌朝日が昇り、目を覚ましたおばあさんは、髪をとかそうとして、だいじな貝の櫛がないことに気が付きました。家中さがしたが、ありません。娘がモジモジしているのを見て、なにかやったのだな、と思いました。
「わたしの貝の櫛をどこにやったの?」
孫娘は心臓がドキドキしました。
「投げちゃったの」と、ため息をつくような小さな声で言いました。
「探しておいで! 早く!」 おばあさんは怒って叫びました。
おばあさんは髪をきちんととかしていなかったので、その表情は一層うろたえて見えました。孫娘はすぐ言うことをきいて、外にでて貝の櫛を探しました。村中をさがしたけれど、見つかりませんでした。背の高い草むらにもありません。貝の櫛は永遠に失われてしまったようです。もうあきらめるより仕方がないと思いました。のろのろと村に戻り、おばあさんにいやな報告をしました。
「どこにもなかった。だぶん、川の中に落ちてしまったと思う」
おばあさんは孫娘を怒鳴りつけたり、優しい言葉で慰めたりせずに、川の方に歩き出しました。
「ついておいで。二人で探すのだ」
二人は川に行きました。水は透きとおっていて、川底が向こうまで見えたけれど、何もありませんでした。貝殻はあったけれど、魔法の貝ではありませんでした。おばあさんは宝物を失くしたのです。孫娘はがっかりして、心には一つのことしかありませんでした。どこかへ行ってしまいたい。おばあさんが悲しむ様子を見て、とても我慢ができなかったのです。それでちょっとしたトリックをしました。
「あっ、火事だ! おうちが燃えているよ!」 と丘の上を指差して言いました。
おばあさんはふりむきました。孫娘はそれを待っていたのです。ザブン! 孫娘は海に飛び込みました。水面に浮き上がった時、娘は岩に変わっていました。おばあさんは、いったい何があったのかわからず、孫娘のいたところを探しましたが、もうそこにはいませんでした。大きな声で呼んだけれど、答えはありません。海の中にいるにちがいないと思い、おばあさんも海に飛び込みました。水面に浮き上がった時、孫娘と同じように石になっていました。
その日から、マクラの海岸に二つの岩があります。それは失くした魔法の貝の櫛のしわざだったのでしょう。