トンゴア島(右地図の中央右)は、首都のあるエファテ島に近いシェパード諸島の中で最も人口が多く、2500人が住んでいる。2006年にこの島で酋長の就任式があった。新酋長は教育省の上級幹部、夫人がJICAの現地スタッフでもあったので、我々ボランテイアにも参観の招待があった。小生は行きそびれたが、参加した同僚によれば、行事の流れは伝統を継承しているものの、参列者の服装や引き出物など、細部は現代風に変形して、少々ガッカリした由。今では男性がナンバス(ペニスケース)や女性が腰蓑(トップレス)になるのは勇気が要るし、引き出物を草の繊維を織って作るより、中国製プリント生地を買った方が、よほど手っ取り早く且つ実用的でもある。
高等教育を受けられる人材は酋長予備軍で、卒業すれば政府の要職に就き、首都に定住することになる。離島の人たちは酋長を頼って首都に出稼ぎに行くので、首都の中に出身地単位の小集落がいくつも出来ることになる。小生の同僚も殆どが離島出身者で、彼等もそうした都会の中の集落から出勤していた。
都会の中で離島の伝統言語や踊りが生き続けるという面はあるが、都市では文化の均質化が避けられないし、外国人の影響も強く受けざるをえない。バヌアツでも伝統文化の崩壊が急速に進んでいると言わざるをえない。
その昔、エピ島とマクラ島の間に大きな島があった。クワエと呼ばれたその島には、小さな活火山や休火山、死火山がたくさんあった。夕方になるとナカマルに若い者たちが集まって、長老の話を聞く。長老が語るには、その昔、クワエ島をとてつもない大地震が襲い、島の東海岸が地すべりを起こして、土地の大半が海に沈んでしまった。火山が火を噴き、アンブリム島とロペヴィ島の間の空が赤く染まったという。
クワエに偉大な男がいた。背が高く力持ちで、髪が長く髭がもしゃもしゃ生え、首に素晴らしい貝の飾りをつけていた。腕につけた豚の牙と真鍮の輪が、筋肉の強さを際立たせていた。男の名はパエと言った。クワエの中で弓矢が一番うまく、狙った獲物は逃さなかった。パエは誇り高い男だった。狩をする時は必ず一番素晴らしい豚を狙い、魚も必ず一番良いのを追った。パエに並ぶ者は誰もいなかった。そして、当然のことだが、それが嫉妬を生んだ。人々はパエの能力に敬服したが、誰も彼を好く者はいなかった。
「あいつはいつも一番良い豚を仕留める」
「あいつの竿にかかるのは必ず一番良い魚だ」
クワエの人たちは、パエの武勇を聞き飽きていた。ある日、若者たちが集まった。
「おい、パエはちょっと威張りすぎているんじゃないか?」
「そうだな。あいつばかり女にもてる」
「ともかく、あいつは目立ちすぎだ」
「あいつにトリックを仕掛けて、公衆の面前で恥をかかせてやろうじゃないか」
「それがいい。やろう、やろう」
クルメンベ村の若者たちは、この相談をすぐ行動に移した。その夕方、ナカマルは暗かった。月は出ておらず、ナカマルの隅の焚き火も消えかかっていた。男たちはナカマルに女たちを連れ込み、皆で笑ったり冗談を言ったりしてワイワイやった。クワエでは女もナカマルに入ることを許され、そこで寝ることもあったのだ。暗闇のあちこちで忍び笑いが聞こえ、パオの寝床にも一人の女が滑り込んで来た。パオは女の体が自分のわきにあるのを感じ、その女の中に入った。突然、大きな声がムードを壊した。
「アッ、これは私の息子だ! 息子だよ! 私は自分の息子と寝てしまった! アァ!」
暗闇の中で、女はパオの背中に手をまわし、傷跡の盛り上がったところに触れ、それが自分の息子だとわかったのだ。女は走り去り、パオは座して黙ったままだった。
「あれはオレのおふくろだ! オレは自分の母親と寝てしまった。近親相姦じゃないか! 何てことをやってしまったんだ!」
取り返しがつかないことだった。パエの頭の中で復讐の念が燃え上がった。
「オレは復讐してやる。見ていろ。今に目にものみせてやるぞ」
ある日、イカトマとアナボンの人たちが、アンブリム島の南東部に行く事になった。そこに親戚たちがいたのだ。その航海のために大きなカヌーを作った。パエもアンブリムに出かけるのが一番よい方法だと思った。アンブリムには物知りの叔父がいて、薬草や毒の使い方に精通していた。近親相姦の加害者にさせられたパエが、復讐を果たすために必要なことも知っている筈だった。パエはイカトマの人たちと出発した。
アンブリム島では、カヌーが漕ぎよせてくるのを見て、叔父が迎えに出た。
「本当によく来たな。だが、おまえの顔は引きつっているぞ。何か困ったことがあるな?」
「叔父さん、俺はクルメンベの奴等に引っ掛けられて、自分のおふくろと寝てしまった! あいつらが悪い! あいつ等のせいだ!」
「おまえが怒るのはよく分かる。それでどうしたいのだ?」
「オレは復讐したい。俺のオヤジの火が欲しい」
「ちょっと待て! よく考えろ。 クワエの罪もない人はどうなるのだ」
「叔父さん、俺には復讐しかないのだ」
「わかった。明日の朝、日が出る時に、おまえの望むことをかなえてやろう」
次の朝、二人の男は岩だらけの山頂に登った。そこには何も生えておらず、硫黄の燃えるにおいが立ち込めていた。
「ここか?」
二人の前に妙な窪みがあって、地面が熱く焼け、まわりにトカゲがウヨウヨしていた。叔父は火山の精を呼び出し、窪みのまわりの大きなトカゲを指さして言った。
「どれが良い? これか? それともあの大きいやつか?」
「いや、あれは大きすぎる。俺には担げない」
叔父は、どこにでもいるような小さいのを指差した。
「そうだ、あれが良い。あれを下さい!」
「だが、パエよ、あのトカゲは強いやつだぞ。あらゆるものを壊す力を持っているぞ」
「ぜひ、あれをください」
「そんなに言うなら、わかった。だが、念を押しておくが、あれは何でもすぐに破壊できるやつだ。さあ、このヤムイモに穴を穿て。そのトカゲを穴に入れて蓋をするのだ。しっかりと閉めておくのだぞ」
バエをカヌーでアンブリム島に運んで来たマラキプレが、帰りもパエを乗せた。トカゲの入ったヤムイモは、ワラソレと呼ばれるカヌーの帆柱に縛り付けた。パンダナスで織った大きな帆は風をはらんだ。クワエ島まで半分来たところで、トカゲのパワーが大きすぎて、カヌーが二つに折れた。漕ぎ手のマラキプレは、何が起きたのか理解できなかった。カヌーはまだ浮いていた。カヌーの割れ目から水が見えたが、水は船の中に入ってこなかったので、ワラソレを漕ぎ続けた。
クワエに戻ると、パエは、トカゲを入れたヤムイモを、ナカマルの傍のカバノキの根元に埋めた。その上に大きな石を置いてから、マラキプレに言った。「ここから去れ! 急ぐのだ! 家族をカヌーに乗せてエファテ島へ行け。エマオの岬に向けて漕ぐのだ。晴れた日に見える、あのアケンだ。アケンに行けばエファテ島の他の場所も見える。フォラリの隣がマニウラだ。そのマニウラに行くのだ。そこで6年間暮らし、6年経ってからクワエに戻って来い」
マラキプレは何も聞き返さなかった。彼はパエの言うことに従うべきだと思っていたし、自分の理解力を超える何事かが起きていることも分かっていた。マラキプレの一族はワラソレに乗り込み、アケンに向けて出発した。そうしてから、パエは兄弟に宴会の準備をするように頼んだ。
「笑わせるぜ、自分のおふくろと寝たやつが宴会の準備だとさ!」
「笑いたければ笑え、もうすぐ笑えなくなるぞ!」とパエは心の中で思った。豚が犠牲に供され、パエはその胆嚢を取り出すと、それを膨らませて、カバノキのてっぺんに吊るした。次の日も豚を殺して宴会が続いた。パエは次の豚からも胆嚢を取り出し、昨日吊り下げた胆嚢の下に吊るした。三日目も豚を殺して胆嚢を吊るした。次の日も、その次の日も同じことが繰り返され、6頭の豚が犠牲に供されて食われ、6個の胆嚢がカバノキの違った高さに吊り下げられた。
宴会が終わるとバエが言った。「さあ、良く見ておけ!」
彼が木に登って最初の胆嚢を破裂させると、地面が揺れ始めた。
「何が起きているのだ?」
「おい、地震だぞ!」
バエが少し下に吊るされた二番目の胆嚢を破裂させると、地面はまた揺れた。今度はもっと強かった。
「あれ、何だ、これは? 地面の揺れが止まらないぞ!」
「これはおかしい」と長老が言った。「今まで地面がこんな風に揺れたことはない」
パエが3つ目の胆嚢を破裂させると、地面の揺れはもっとひどくなった。
「いったいどうしたんだ。地面の揺れが止まらないぞ!」
「パエは、木に登って胆嚢を破裂させて、何をしようというのだ?」
「あいつは自分の母親と寝た男だぞ。力を見せびらかすようなことはさせるな!」
「あんなことをして、俺達を悪運に曝そうとしているのだ。地面の揺れが止まらないぞ」
パエは耳を貸さず、四つ目の胆嚢を破裂させると、地面に衝撃が走って傾き始めた。クワエの人たちは本当に恐怖に襲われ、そのあたりにいた女や子供は森に逃げ込んだ。男たちはそれを止めようとしたが、恐怖の方が勝った。年寄りたちは地面に伏せた。
「パエ、やめろ!俺達をかわいそうだと思ってやめてくれ!」
だが、パエが五つ目の胆嚢を破ると、島は爆発し始めた。
「火だ!溶岩が来るぞ!」
「火だ、火だ!」
「溶岩だ!噴火だ!」
パエには、辛うじて6つ目の胆嚢を破る時間が残されていた。
「お前たちが滅びる時が来た。そして、俺も滅びる!」
木の根元からも噴火が始まった。溶岩がすべてを覆い尽くし、飛び散った溶岩が大きな岩を作り始めた。パエの頭はアンブリム島まですっ飛び、クワエの島はズタズタになった。島の半分が海に沈んでゆき、クワエの島は完全に破壊された。
エファテ島のマニウラでは、マラキプレがクワエ島の爆発を見ていた。エファテ島も激しく揺れ、津波が押し寄せた。6年間、マラキプレは待った。彼はパエが言ったとおりにしたのだ。6年過ぎてから、彼はクワエ島のあった場所に行ってみた。島の姿は消え、火山灰が堆積しているだけで、木も植物も死に絶えていた。不毛の静寂の中で、黄色い実をつけた小さな草だけが生えていた。それはワラトンゴアという草だった。それで、その昔クワエ島があった場所にできた島が、トンゴアと呼ばれるようになったのだ。今あるトンゴア、トンガリキ、エウオセ、ファレアの島々は、その昔消えたクワエ島の残骸なのだ。
その昔、トンゴア島のパニタという村に、貧しい女が6人の息子たちと住んでいた。彼女の夫はもうこの世にいなかった。彼女は愛情のすべてを傾け、女手ひとつで息子たちを育て上げた。男の子たちは大きくなると、弓矢の使い方を習った。一番上の息子が狩に出たいと言ったが、母親はあまり気が進まなかった。何か悪いことが起きるのではないかと、いつも心配していたのだ。子供たちを家において畑に出るときも、気の休まる時がなかった。子どもたちには、村の中で同じ年頃の子どもたちと遊ぶように言い聞かせていた。それが安全なはずだった。森の中は危険がいっぱいだったのだ。
ある日、いつものように母親は畑に出かけた。何か悪いことがおきるのではないかという予感がして、村から出ないように何度も注意を与えた。だが、6人の息子たちは狩りに出たいと思っていた。中には、母親の注意に背くことは良くないと思う子もいたが、狩に行きたいという気持ちはもう止められなかった。母親の姿が見えなくなると同時に、子どもたちは弓と矢を携えて、逆の方向に出発した。しばらく歩いて、道を曲がったところで、目の前に蛇がいた。それはとてつもなく大きなやつで、子どもたちを正面から見据えていた。子供たちは恐怖で身を縮めたが、蛇が口をきいたので、恐怖はますます大きくなった。
「あっちへ行け! 邪魔だ! お前たちは生かしておいてやるから、行くんだ。俺を見たことは誰にも言うな。俺のことを聞いたら、殺しに来たがる奴がいるからな。もし村で俺のことをしゃべったら、俺が殺される前にお前たちを殺してやる。今すぐあっちへ行け!」
子供たちはパニックになって逃げ出した。村に逃げ帰ると、家にバリケードを築いてたてこもった。しばらくして母親が帰ってきて、子どもたちが恐怖で震えているのを見つけた。もちろん子供たちは黙っていられない。何を見たのかを母親にしゃべった。そして、当然だが、母親も黙っておられず、結局、バニタの村人たちが、すぐ近くの森の中に大蛇がいることを知ることになった。
次の日、母親は畑に出かけた。家を出る前に、子供たちに遠くへ行かないように注意した。最悪の事態が起きるのを恐れたのだ。母親が出かけると、子どもたちはじっとしていられなかった。大蛇に魅惑されていたし、自分たちはまだ小さくても、立派なハンターだということを示したかったのだ。こっちは6人、向こうは大蛇といっても、たった1匹なのだ。
勇ましい言葉を交わしてお互いに励ましあいながら、6人の少年たちは、蛇がいた場所に向かった。最年少の子が一番勇んでいた。最年長の子は、危険が後ろから来ないように、しんがりを歩いた。藪の中を確かめながら歩いていると、他の兄弟からどんどん遅れてしまった。追いつこうとして急いで走ってゆくと、なんと、大蛇が他の兄弟たちに巻きついているではないか! 彼はそれを見てうろたえたが、大蛇に向かって何もできなかった。すぐさま助けを求めようと村に戻り、母親に急を知らせた。村人たちは森へ向かったが、森に入ることはできなかった。少年たちが蛇と出会った場所で、大きな岩が道を閉ざしていたからだ。少年たちは死に、蛇の姿もなかった。
今もバニタに行けば、この悲劇の証人だった大岩がある。その大岩はニエマルと呼ばれ、今も道をふさいでいる。