訳者註:

マレクラ島は犬が座った形をしている。首すじの辺りにノルスプとラカトロという二つの町がある。この町はケイタイが通じ、青年協力隊の女性隊員が配置されたこともある。

胴体から脚の部分は原始の森で、体格や習慣の異なるいくつもの部族が割拠している。東京都の面積の島に28の伝統言語が残っているが、それだけ原始の度合いが深いと言える。

メラネシアの島々には食人の風習があったが、最後の事例がマレクラ島で1969年に行われたと記録されている。自然の恵みが豊かなメラネシアでは、食人はハラの足しではなく、もっぱら死者への礼を表わす儀式として行われていた。それにつけても、最後の食人の現場がノルスプの警察署裏の広場だったというのが、ちょっと可笑しい。


マレクラは今日も雨だった。雲が空を覆っていたが、風は少しおさまっていた。小さな人たちが暮らしているこの村では、家々から朝の炊ぎの煙が上がっていた。この神秘の島の西南部の丘に住む人たちは、お互いに無視しあうか、それとも戦うべきなのか、分別がなかった。悪魔があちこちに居て、人間の姿をしていることもあった。幽霊も居た。幽霊たちは山谷を巡り、通りすがりの気の毒な人達につきまとっては捉えた。森は人間を見つけて食ってしまう化け物の棲みかだった。

象牙色のシュロの葉で葺いた小屋の屋根から煙が上がり、夜が明けようとしていた。弱い雨が降る寒い朝だった。西南部の沖にトマンという小さな島がある。人間が最初に住み始めたのはこの島だった。大きな島よりも小さい島の方がよほど安全だから、これは確かな話だ。トマンは堅固な砦のような島で、周りを囲む海が敵の攻撃を防ぐ塁壁になっている。この小さな島と向かいあう山地に住んでいる人たちもいた。アンバットとその兄弟たちもそうだった。

アンバットは大きな男で、最年長のリーダーだった。彼は白人だった。白人? どうして? と聞かれても、答えようがない。とにかくそうだったのだ。アンバットには4人の兄弟がいた。アウィンララ、アウィンゴトゴト、アウィンサペリウ、アウィンキワスだ。

太陽が上り始めたが、まだ雨が降っていた。アンバットは兄弟たちに言った。「今日は太陽もびしょ濡れだ。畑にバナナを植えよう」

アンバットに言われて、兄弟たちはバナナの切り株を担いで畑に出かけた。植えたバナナの木は大きく育ち、たくさんバナナが生った。最初に熟れたバナナはアウィンララのものだった。

「アウィンララ、お前のバナナはよく熟れている。神の思し召しだぞ。さて、次は魚獲りだ。魚入りのラプラプを作ろう。弓と矢を持て。出かけるぞ」

アンバットが先頭に立ち、兄弟たちが続いた。海岸に着くと、兄弟たちは散った。アンバットは右へ、他の兄弟たちは左へ行った。彼等は大きな岩の上から弓矢で魚を獲ろうとした。だが、その岩にはサンガレガレ(魔女)が隠れていたのだ。サンガレガレはとても背が低く、手のツメは鉤のように曲がり、髪が足に届くほど長い。このサンガレガレは、ネヴィンブンバァという名前だった。サンガレガレは歩く時に、ダランと垂れ下がった乳房を肩に放り上げる。魔女に美人はいないし、とにかく小柄なのだ。その小さな老女が男たちを眺めていた。

「そこの可愛い坊やたち、おまえ達をとって食うよ、フッフッフッ!」

男たちは小さな魔女が目に入らず、岩から岩へと飛びまわって魚を獲っていた。魔女は、どうやって男たちを捕まえるか、考えをめぐらせていた。

「そうだ、平たい岩を見つけて、それに座ってお乳を持ち上げよう。そうすれば私に気が付いて、見に来るやつがいるはずだ」

魔女は適当な岩を見つけるとその上に座ったが、やがて待ちくたびれて寝転んだ。アウィンララは、魔女がいるとは知らずにその岩に近づいて行った。突然ドカンと岩が炸裂して魔女が姿を現した。

「そうか、岩の上にいたのは、あんただったのか」
「そうだよ、私だよ。ところでお前さんは何をしているんだい? 魚獲りかい?」
「そうだよ、魚獲りだ。俺の兄弟たちは岩の向こう側にいる」
「どこへ行くんだい。ここに居なさいよ」
「いや、俺の魚獲りの邪魔しないでくれ。俺のバナナが最初に熟れたので、それでラプラプを作る。だから魚が要るんだ」
「私といっしょにおいで。私の家はとても居心地が良いよ」
「いや、俺は魚獲りをする。俺のバナナは熟れていて、だから魚を獲らなければいけないんだ。兄弟たちが俺を待っている」
「ダメ、私と来なさいよ。一緒にラプラプを食べようよ」
「しつこいな。皆が待っているんだよ」
「さあ、一緒にラプラプと魚を食べようよ」

とうとうアウィンララは説き伏せられて、魔女と並んで丘に向かって歩き始めたが、ちょっと心配になった。
「あんたの家はどこにあるんだい?」
「すぐそこだよ。そこに行けば、アンバットや他の兄弟たちの話し声も聞こえるよ。すぐそこだよ。ほら着いたよ」

魔女はウソを言いながら、一つのことだけを考えていた。こいつをどうやって食うか!

家に着くと、二人でラプラプを作り始めた。アウィンララは石を焼き、女はバナナをつぶして練り合わせ、葉っぱで包んだ。二人はこれを焼けた石の上に置いて土をかけた。

「さあ、ラプラプが出来た。どうぞ食べてちょうだい。私と一緒で嬉しいだろう?」
「ああ、だけど食い終わったら兄弟のところに戻るよ。心配しているだろうから」
「心配? どうして?」

サンガレガレが考えることはただ一つ、目の前のご馳走のことだ。魔女はやろうと思えば何でもでき、どんなふうにやるか予想がつかない。

「俺は帰るよ」
「ダメダメ、帰っちゃダメ。外を見なさい。雨が降りそうだよ」

アウィンララは小屋の戸口から顔を出して空を見上げた。雲一つ無かった。
「雨なんか降ってないよ。俺は帰る」

その時、魔女は屁をひった。すると雷鳴がとどろき、雨が降り始めた。
「ほらごらん、雨が降ってきた。帰れないよ。ここに居なさいよ」

魔女の小屋の裏には大きな穴が掘ってあって、平たい石で蓋をしてあった。

サンガレガレは、どうしてもアウィンララを引き止めようとして言った。「ちょっと待ってね。裏で着替えてくるから。すぐ戻るからね」

アウィンララはこのトリックに気づかなかった。裏へ行った魔女は、大きな穴を蓋していた石をのけた。

戻ってくると、女は言った。
「こっちの方が似合うでしょう」
「さあ、どうかな。俺はもう帰るよ」
「ダメ。雨が降っていると言ったでしょう。小屋の裏に篭がつるしてあるから、ラプラプの残ったのを入れておいてね」

アウィンララは葉っぱでラプラプを包み、小屋の裏の暗いところへ行った。穴が見えなかった。そして落ちた。

「これで一丁上がり! フッフッフッ!」

アウィンララの姿が見えないことを、ほかの兄弟たちはあまり心配していなかった。友達の家にでも泊ったのだろうと思っていたのだ。翌日、彼等はまた魚獲りに出かけた。アウィンゴトゴトは他の兄弟たちから遠く離れ、サンガレガレがいるとも知らず、岩に近づいて行った。すると、例の老女が岩を炸裂させて姿を現わした。

「魚を獲っているのかい?」
「そうだよ。だけど、あれを見たかい? 岩が炸裂したぞ」
「お前さんはどこへ行くの?」
「言ったとおり、俺は魚を獲っているんだ。ここらでアウィンララを見かけなかったかい? 昨日から姿が見えないのだ」
「いいえ、見かけなかったね」
「おかしいな。何かあったのかな?」
「本当に誰も見かけなかったよ。お前さん、家に来ないかい。ラプラプを作ろうよ」

アウィンゴトゴトは行きたくなかったが、女の誘いに根負けした。女について行き、昨日と同じようにラプラプを作った。ラプラプを食べ終わると、彼は帰りたがった。だが、サンガレガレが屁をひると、また雨が降り出した。

「帰れないよ。雨が降ってきたよ。食い残しのラプラプを葉っぱに包んで、あそこの竹に掛けておいて。小屋の裏のあの竹だよ」

サンガレガレは穴の上の石をどけておいた。アウィンゴトゴトは、ラプラプを竹に掛けに行き、穴に気付かず、落ちた。

「もう一丁あがり! フッフッフッ」

サンガレガレは満足した。全て計画通りだった。獲物が二つ、穴の中にいた。もう考える必要は無い。システムが機能しているのだ。サンガレガレは岩の上に寝そべって、三番目の弟のアウィンサペリウが来るのを待った。彼はやって来た。まだ魚獲りをやっていた。岩が炸裂した。

「家においで。ラプラプを作るから」

全く同じように、アウィンサペリウは魔女の家でラプラプを作った。
「残ったラプラプは、小屋の裏のカゴの中に入れておいてね」

「これで三丁あがり! フッフッフッ」

次に四番目のアウィンキワスやってきて、また同じように穴に落ちた。

最後に残ったのはアンバットだった。

「アウィンララの姿が見えなくても別におかしくない。あいつは話し好きだから、どこかで引っかかっているのだろう。だが、他の兄弟が一人また一人と姿を消したのは、ただ事ではない。明日探しに行こう」

次の日、アンバットは畑に行った。バナナは腐っていた。
「バナナを腐らせてしまった。何か悪いことがありそうだ」

最年長のアンバットは、それだけ思慮深かった。彼は乾燥したココナツの殻を割って中の実を取り出し、バナナや、竹で作ったナイフと一緒に、髪にしっかりと結びつけた。そうしてから海岸に下り、炸裂した岩に近づいた。魔女が現われた。

「ああ、わかったぞ。俺の兄弟を隠したのはあいつだ。さあ、どうしてくれるか…」
「そこにいるのは、美味しそうなアンバットかい?」
「そうだ、俺だ。俺の兄弟たちはどこに居る?」
「私は知らないよ」
「知らないだって?」
「そうだよ、知らないね」
「いや、お前は知っている筈だ」
「だから知らないと言っているだろ。ところであんたは何をしているんだね」
「魚獲りだよ。俺のバナナは熟れている。魚入りのラプラプを食いたいのだ。兄弟たちのバナナは腐っていた。おかしなことだ」
「そうかい。じゃあ私の家に行こう」
「家はどこだ?」
「すぐそこだよ」
「俺はあんたの家には行きたくないね。俺には自分の家があるから」
「おいでよ、アンバット。私の家でラプラプを作ろうよ」

アンバットは女について行った。ラプラプが出来ると、二人で食った。

「俺は帰るよ。腹一杯だ」
「ダメだよ。外は雨だよ」

女が屁をひると、空を切り裂くように雷光が走った。
「ほらね、雨だよ。帰れないよ。ここで私と寝ようよ!」

雨が滝のように降り、哀れなアンバットは魔女の家に留まるしかなかった。

「このラプラプを、あそこの暗いところにかけてある篭に入れておいてね。それから私のベッドにおいでよ」

女は今度も篭を穴の上にかけておいた。アンバットはドギマギしていたので、穴が見えず、落ちた。

「フッフッフッ、これで五人目だ。フッフッフッ、みんな穴の中だ。フッフッフッ」

「アレッ、兄弟!」
「アンバット、お前もか?」
「俺達は穴の底にいるんだ」
「あの魔女は俺達を食う気だ。やっと分かったぞ」
「どうやって穴から出る? このままではみんな死んでしまうぞ。ハラも減った」
「俺はラプラプとココナツを持ってきた。これを食え。明日になったら、ここから脱出するのだ」

その夜、アンバットと兄弟たちはぐっすりと寝た。次の朝、アンバットは兄弟たちにバナナを食べさせて空腹を満たした。

「さあ、食い終わったら仕事だ。竹のナイフで掘るのだ。ガジュマルの根を探せ」

アンバットと兄弟たちは、竹のナイフで土を掘った。ガジュマルの根を見つけると、そこを掘り進めた。それを伝って行けば、村の広場のガジュマルに行き着く筈だ。

女は何が起きているのか気付かず、獲物が穴の底にいるものとばかり思っていた。女は心待ちにしていたナマンガキ(昇位を祝う祭礼)まであと何日か、指折って数えた。

「あと二日で私のナマンガキだ。豚を殺して私のランクが上がる。私はムワルウェンになれる。あと二日で私のナマンガキ、私のナマンガキ、ナマンガキ…!」

アンバットと兄弟たちは穴の底で掘り続けていた。疲れるとアンバットが歌った。5人は必死だった。彼等は村の広場のガジュマルの根を探し当て、それを伝っていたのだ。

「アンバット、俺達は疲れたよ。それにハラもへってきた」
「もっと頑張れ。ココナツを食え。無駄口をたたくな」

アンバットはまた歌った。掘り続けて、とうとうガジュマルの根元にたどり着いた。

「ガジュマルはこの真上だ。もう少しで脱出できるぞ!」

マレクラの人たちがあちこちから、ナマンガキの祭礼に集まり始めていた。彼等は歌い踊っていた。アンバットと兄弟たちは、あと少しで地上に出られるところだった。アンバットは兄弟たちを励まして最後の歌を歌った。

「さあ、出るぞ」

アンバットが穴から顔を出した。地面に草木が生えていなかったので、広場の片隅と分かった。

「さあ兄弟たち。皆が踊っているのが聞こえるだろう。もうじき夜になる。俺達が出るのはそれからだ。今はここに隠れているのだ」

人々はナマンガキに集まって歌ったり踊ったりしていたが、一部の人たちは、アンバットとその兄弟の姿が見えないことを心配していた。彼等はこの辺りでは良く知られていたのだ。

誰かが言った。「アンバットはどこに居るのだ? 彼が居ないと、このナマンガキは始まらないぞ!」

夜になった。アンバットと兄弟たちは小屋の間からそっと出た。彼等は衣装を整えたかったのだ。体と顔を洗い、足に鈴を付け、髪に花と羽根を飾り、腰にクロトンの葉を飾った。準備が整うと、彼等はダンスの輪に飛び込んだ。ダンスは朝まで続いた。

「さあ、兄弟たち、踊れ、踊れ、踊れ、そうすれば・・・」

太陽が小屋と椰子の木の間から上り始めると、アンバットは顔にメイクアップを施し、誰だかわからなくしてから、魔女に会いに行った。

「さあ、このナマンガキはあんたの為の祭礼だ。豚を殺して、一晩中歌い踊り明かした人たちにふるまうんだろう? 皆大喜びだぞ。さあ、豚を殺そう。豚はどこにいるんだ?」

女は穴に走って覗き込んだ。

「アレッ、あいつらはどこへ行ったんだ? 穴はからっぽだぞ。私はどうしたらいいんだ? 豚がいないぞ。逃げたのかな?」

「豚が逃げたって? こんなに大きなナマンガキをする時は、豚が逃げないように特別注意をするものだ。人が集まって一晩中歌ったり踊ったりするのは、豚を食いたいからだ! 豚肉入りのラプラプが食えるからだぞ! 先ず1匹殺して食ってからナマンガキの祭礼をやり、それから踊る。それから2匹殺してお土産に持たせる。それが決まりだ。さあ、豚はどこに居る?」
「居ないんだよ」
「この女が豚を持っていないのは、俺達を殺して豚の代わりにする気だったからだ。俺達を殺して自分のランクを上げようとしたのだ。今日、死ぬのはこの女だ。お前は自分のナマンガキのために死ぬのだ。それはお前がサンガレガレだからだ。これでナマンガキはおひらきだ」 アンバットは女に飛び掛かって殴った。

「俺達を食いたいだって?お前の魔力はどこにあるのだ? 言え! もう魔力は残ってないのか? おい、豚はどこに居るんだ? こいつをくらえ!くらえ!」

アンバットは力まかせに女の頭にこん棒を振り下ろした。女は倒れて死んだ。

「さあみんな、手当たり次第豚を殺せ。全部殺せ!」

男たちはアンバットに言われたとおり、ナカマルの周りにいた豚を全部殺した。ある者はトマン島まで、またあるものは西南の山奥の村まで持ち帰った。女はといえば、広場にひっくり返ったまま腐ってしまった。


その昔、バヌアツで最初の人間がマレクラ島にいた。彼等が原始的だったのは言うまでもないが、きちんと統制のとれた暮らしぶりは、今とそれほど違っていなかった。彼等はラプラプの作り方も知っていた。だが、塩を使わなかったので、正直なところ、あまり美味いとは言えなかった。そもそも、塩がどんなものかも知らなかったのだ。

ある日のこと、一人の村人が狩をしに森の奥に入って行った。森の中に巨大なパンノキが倒れていた。なぜ切り倒されたのか? 誰が切り倒したのか? まったく不思議だった。その幹はとてつもなく長く太かった。幹から奇妙な液体が滲み出していた。男はその味をみた。水のようだが、ちょっと後味が残った。彼は竹を探した。この液体を持ち帰って、ラプラプに入れてみたらどうか、と思ったのだ。

この不思議な発見をした男は結婚し、息子の父親になった。彼は家族を愛し、他人とはちょっと違うラプラプを作って、家族ご馳走するのを誇りにしていた。それでもなお、彼はこの工夫を秘密にしていた。

「今晩のラプラプは俺が作る。おまえ達はあっちへ行っていろ。出来たら呼ぶから」と彼は言った。

妻と息子はわけを聞かず、そのとおりにした。息子は友達と遊びに村のほうへ走って行き、妻も自分の友達とおしゃべりに出かけた。息子は自分と同じ年頃の友達と楽しく遊んでいたが、小屋のまわりを走りまわったり笑ったりしているうちにハラがへってきた。あんまり減ったので、家に帰って父親を探すことにした。

父親は出来上がったラプラプを囲炉裏から取り出すところだった。

「お父さん、ハラ減ったよ」と少年は出来上がったラプラプを見て叫んだ。

「ちょうど良い時に帰って来た。今出来上がったところだ。このラプラプは、そんじょそこらのラプラプとは違うぞ。誰にも言うな。誰にも食わせるな。もししゃべったり食わせたりしたら、お前は世界中を裏切ることになる。わかったな? 世界中を裏切ることになるのだぞ。だから黙っていろ!」

息子は父親の言葉にひっかかったが、言われたとおりにすると約束した。彼はラプラプを一口食べてみた。こんなに美味いのを食べたことが無かった!

「これは美味い!」 舌もとろけるような美味い食べ物を作れる父親を誇らしく思った。

彼は友達のところへ戻り、しばらくは黙っていたが、ついしゃべってしまった。

「俺のお父さんが作ったラプラプみたいに、うまいのを食ったことがないだろう。ああ、美味かったなあ」

友達はそのラプラプを食ってみたくなった。

「よし、ほんのちょっとだけだぞ。お父さんに怒られるからな。誰にも言うなって言われているからな」

他の少年達も、その新しい味のラプラプに感心した。

「お前のお父さんは、どうやって作ったんだ?」と聞いた。
「どうやったんだ、どうやったんだ」と皆が聞きたがった。
「オレ、知らないんだ」

友達はガッカリした。秘密を知りたかったのだ。
「心配するな。オレに考えがある」と少年は得意そうに言った。

次の日、少年は父親のあとをつけて森に入った。父親はパンノキの倒木のところに行き、塩味のついた水をそっと竹に注いだ。それを少し遠くから見ていた少年は、秘密を知った。興奮しすぎて慎重になるのを忘れ、少し近寄った。父親は少年を見て激しく怒った。

「家に帰れ! ここへ来るな! 俺が本気で怒る前にあっちへ行け。今すぐだ!」

だが、遅すぎたことは分かっていた。貴重な液体がどこで手に入るのか、息子が知ってしまったのだ。どうにでもなれ、と思いながら、最悪の事態が起きるのを待った。

すぐさま、水がどくどくと流れ始めた。パンノキの幹全体から、水のかたまりがブクブクと湧き出し、勢いを増して、あっという間に辺りは水浸しになった。水はどんどん溢れ、村を飲み込み、人が溺れ死んだ。そして世界上を満たし、あちこちに小さな土地が残るだけになった。

世界地図を見ると、大陸や島が点々としている。ずっと昔、塩水(今は海と言うのだが)は無かったのだ。その頃の世界は一つの陸地だった。だが今はいくつにも分かれている。それは、その昔、マレクラの少年が、父親の言うことを聞かなかったせいだ。だから人間は海に隔てられて、あちこちに分かれて住んでいるのだ。


その昔、マレクラには不思議な生き物がいた。小人族で、3歳の子供の背丈より大きくならなかった。その頃、島にはたくさんの小人族がいた。丈の高い草むらに住み、いつも身を隠していたので、近くの村人達も彼等の存在を知らなかった。だから村人たちは、小人族が起こす不思議な現象に驚かされてばかりいたのだ。小人族はとりわけ畑仕事が好きだったので、村人たちは畑に出てびっくりすることが多かった。

例えば、男が一人で畑の草取りを始め、一隅だけ済ませて帰ったとする。次の日、畑に行って見ると、畑全部の草取りが終わっていた。またある時は、草がいい具合に乾いたので焼き畑を始め、途中で止めて次の日に行って見ると、全部焼き終わっていた。ある時など、バナナを1本だけ植えて帰り、次の日に行って見ると、全部植え終わっていた。誰の仕業か分からないので、島の人たちは驚きっぱなしだったのだ。

こんなことが続いたある日、一人の男がヤムイモを植え始め、次の日に行って見ると、畑全部にヤムイモが植え終わっていた。村人がやり始めたことを、小人族が済ませてしまったのだ。ヤムイモに支え杭を1本だけ立てて帰ると、翌日には全部のヤムイモに支え杭が立たっていた。こんなのはまことに好都合なのだが、小人族の仕業には具合の悪いこともあった。ヤムイモの育ち具合を見ようと思って1株だけ掘ると、次の日には全部掘りかえされていたのだ。人間が始めたことを小人族が全部終わらせるということは、畑を壊して収穫物を台無しにしてしまうことにもなったのだ。

もういいかげんにして欲しい。テンマルの村人たちはうんざりしていた。彼等はいったい何がどうなっているのかを知りたくなって、徹夜で畑を監視することにした。長く待つほどもなかった。小人族の仕業と分かったのだ。対策は簡単だった。夕方、小人族が畑で仕事をしているときに、かたっぱしから捕まえることは、わけなさそうに思えた。

「もっと上手い手があるぞ。あいつ等を永遠に片付けよう。オレは笛を持ってゆく。最初の笛でお前たちは小人族に近付き、次の笛で枯れ草に火をつけるのだ」

酋長がそう言うと、皆が賛成した。このリーダーに従っていれば、戦に負けることはないのだ。

次の日、作戦は実行に移された。村中の男たちがたいまつを持ち、月のない真っ暗な闇を歩いて、ひっそりと畑に這い寄った。突然、酋長の笛が夜の静寂を破った。男たちはすばやく小人達をとり囲み、逃げられないように壁を作った。笛がもう一度響き、男たちはたいまつで枯れ草に火を放った。パチパチいう音で小人族は跳ね上がり、煙を見たけれど、動かなかった。彼等には火がずっと遠くに見えたのだ。火が近づいてくるのを見ても信じなかった。小人たちはあっちこっち逃げ回ったが、もう手遅れだった。火炎が彼等を巻き込み、何をする術もなかった。命取りのワナにかかったのだ。

次の日、村人たちは勝利を味わった。彼等の畑は真っ黒になったが、小人族もいなくなったのだ。この話はちょっと残酷だが、結果は明白だ。小人族がいなくなったので、畑仕事は前よりも大変になったが、作りたいものを作り、収穫して食べられるようになったのだ。


マレクラ島にたくさんある村の一つに、ユムバンナという村があった。この村にリンデンダというありふれた名前の女が二人いた。実を言うと、ヤシの木がこの世に出たのは、この女たちの仕業だったのだ。二人はいつもアンブウェブワというお決まりの場所で小便をした。ある日のこと、アンブウェブワに木が生えた。二人はこの若木に小便をかけて育てた。このあたりの島では、創造の神秘も、こんな話で伝わることが多いのだ。

時が経ち、その木は空に向かって大きく翼を広げるように育った。二人の女はこれをナマトウ、つまり、ココナツと名付けた。そして、自分たちが付けた名前を当てた者がいたら、その人と結婚しようと誓った。

二人は村に行ってこう言った。「新しい木が生まれました。その木には丸い実が生ります。木の名前を最初に当てた人を、私たちの夫にしましょう」

新しい木の誕生と名前当てゲームのニュースは、村から山奥へ、そしてマレクラ西南端のトマン島まで伝わった。とにかく、リンデンダは二人とも大変な美人だったのだ。だが、この島の住人には謎を解く知識も想像力もなかった。「それはナカタンボルだろル、いや、ナヴェレだ、ナカヴィカかな、それともナンドウレダレレ、はたまたナタポアか?」と人々は言い争った。

だが、そんなありふれた木ではない。何しろこの世に初めて現われた木なのだから、簡単に言い当てられる筈がない。マレクラのあちこちから答えが届いたが、二人のリンデンダを勝ち取る程の、知恵のある男は現われなかった。

このニュースは、イマラルの有名な一族にも届いた。その5人兄弟の一人が例のアンバットだ。その頃アンバットは重い病に臥せっていた。高熱で体中が痛み、歩くこともできなかった。彼は他の4人の兄弟に、二人のリンデンダが住む村に行ってみるように命じた。兄弟たちは川を渡り、山を越え、やっとユムバンナに着いたが、そこは自分の答えを携えて集まった男たちで一杯だった。兄弟たちもその木を取り囲み、高いところに生っている不思議な果物を見上げながら、この不思議な木はいったい何だろうかと考えた。だが答が出る筈もなく、空しく家に戻った。

弟のアブンララは、寝たままの兄に、ユムバンナの村の様子や不思議な木の説明をした。アンバットはアブンララと他の兄弟に、すぐリンデンダの村に戻って、もっと良く調べるように命じた。

翌朝、4人の兄弟がまたユムバンナに出かけると、残ったアンバットは、苦痛に顔をしかめながら身を起こした。彼の体は病に蝕まれ、皮膚は蚊に食われてボロボロになっていた。彼は苦しげに森に入って行き、ナルボーと名付けられた木を選ぶと、幹を二つに割ってその間に身を入れた。すると、彼の痛みは体を離れて木に遷った。ナルボーの木から出ると、彼の病気は去り、皮膚も再生していた。元のハンサムなアンバットに戻った彼は、新しいナンバスでペニスを覆い、新しいベルトに新鮮なクロトンの葉を飾った。こうして健康で堂々たる風格を取り戻したアンバットは、ユムバンナへと向かった。

ユムバンナに着くと、すぐさま有名になった木のところへ行った。集まった人たちはアンバットの勇姿を讃えた。大勢の中にアンバットの兄弟たちもいたが、最初はアンバットだと判らなかった。あんなに重病でひどい姿だったアンバットが、病が癒えて、こんなに早く山を越えてやって来るとは、全く思いもつかなかったのだ。だが、声を聞いて間違いなくアンバット本人と判った。

アンバットは集まった群集に向かって言った。「この木はナマトウ、つまりヤシの木だ」

ポカンとしている群集を前にして、二人のリンデンダが言った。「そうです。私たちはこの人と結婚します」

集まっていた人たちは驚くと同時に嫉妬を感じたが、アンバットは得意満面だった。彼は弟のアブンララにその木に登るように命じた。アブンララは木のてっぺんに登り、生っている実が美しいことに驚き、それに手を触れた。アンバットはその手を除けるように命じてから矢を射た。すると不思議なことが起きた。射抜かれた実が上下ひっくり返ったのだ。その時から、ココナツの実は空を向いて生るようになった。

アンバットはアブンララに実を採るように命じた。実は一つまた一つと地上に落ちた。木から降りたアブンララは、アンバットに命じられたとおり、尖った棒で外側の皮を取り除き、中の殻を石で割って白い果肉を口に入れて叫んだ。「アンバット一族とナカマルに眠っている祖先の頭蓋骨に賭けて言う。これは美味いぞ!」

集まった人たちはココナツに殺到し、味をみて全員が賞賛した。二人のリンデンダの求めと全員の総意で、アンバットは祝いに豚を殺す栄誉を得た。殺された豚の皮が剥がされ、内臓が取り出された。アンバットは豚の頭を兄弟たちに与えて家に帰した。アンバットは、二人のリンデンダに、人々の好奇心を避けるように回り道をさせて、森の奥のロヒンタンジと呼ばれる小屋に行かせた。そうしてから、病の痛みを吸い取ってくれたナルボーの木のところに行き、他人に見られないように隠し持って来た豚の心臓を、その葉の中に包み込んだ。

偶然アブンララがその場に通りかかり、アンバットに何をしているのかを訊ねた。「これは病気を食ってくれるものだ。腐った木ならどこにでも生える」。アブンララは腹が減ったので何か食いたいと言った。アンバットは強い要求に負け、二人で食い始めた。ようやく二人の兄弟は別れたが、アブンララには、アンバットに復讐したいという気持ちが湧いていた。

帰り道、アブンララは二人のリンデンダの隠れ家を見つけた。彼はリンデンダの片方を自分の妻にしたくなって、他の兄弟たちに相談を持ちかけた。だが、その前にアンバットを殺してしまっても良いのだ。トマン島の近くのさんご礁には、ナマンピグという巨大な貝が棲んでいる。アンバットを海に潜らせて、その巨貝を獲るようにしむければ、それで万事が済むかもしれない。

思い立ったが百年目、先ず兄弟たちはナヴェレの実を集めた。そうしてからアンバットを探した。アンバットはすぐ見つかったが、兄弟たちに悪意を感じたので、彼等と一緒に行こうとしなかった。だが兄弟たちがしつこく言い張ったので、アンバットは嫌々ながら従うことにした。出かける前、彼は二人の妻に危険を知らせた しっかりと家の戸締りをして、もし家に近づこうとする鳥がいたら射落とすようにと言い残した。だが彼が去ると、二人の女は家の外に出て、丈夫な蔓を切って小屋に持ち込んだ。

5人の兄弟は予め決めてあった場所に向かった。最初の男が潜ると、口いっぱいに白い肉を銜えて、得意満面で浮上した。だが、巨貝の白い肉に見えたものは、実は予め集めておいたナヴェレの実だったのだ。それが作戦だった。兄弟たちは代わる代わる海に潜って白い肉をほおばり、「この貝肉は美味いぞ」と言いあった。

アンバットの番になった。彼はこのトリックに引っかかった。何も知らずに潜った彼は、巨貝に手を伸ばした。巨貝はパチン!と蓋を閉じた。アンバットは死んだ。

カヌーに残った4人の兄弟は、誰が二人のリンデンダを手に入れるかでケンカを始めたが、二人で一人のリンデンダを分け合う、ということで話がついた。4人は海岸に上がり、2人のリンデンダの小屋へ急いだ。だが、小屋ではとんでもないことが起きていた。2人のリンデンダは、一緒に蔓で首をくくっていたのだ。4人の兄弟はリンデンダの亡骸を小屋に埋葬した。それからというもの、この場所はタブー(立入禁止)になった。これが南マレクラに最初のココナツが現れた時の話だ。