これまで紹介してきたバヌアツ民話の中に、日本の神話や昔話に似たものがいくつもあった。中でも今回の「赤いめんどりとワニ」は、「因幡の白兎」そっくりと言って良いだろう。
バヌアツから出土した土器(ラピタ土器)が、日本の縄文土器に似ていたことから、有史以前に日本とバヌアツとの間に文化的交流があったとする説があった。その後、土器がねつ造された疑いが出て、有史前交流説は霧散した。日本の民話が出来たのもせいぜい数百年前だろうから、似た民話があっても、有史以前の交流の証拠にはならない。
バヌアツの先住民は約4千年前に渡来した海洋民族で、人種的にメラネシア人(黒い人の意)に分類され、筋肉質でいかつい顔つきを特徴とするが、南部の島々には太って丸顔の住民が少なくない。この地域は距離的にトンガやニュージーランド(先住民マオリ)に近く、ポリネシア系の人たちがバヌアツ南部にも展開したと考えられる。
最近になって、ポリネシア人のDNAが台湾の先住民に近いことが分かった。ポリネシア人が南太平洋の島々に定住したのは数百年前と言われ、日本の民話が台湾の先住民を介してポリネシアに伝わった可能性がゼロではないが、同じような民話が世界のあちこちにある、と考えるのが正しいのだろう。
昨年(2007年)4月に始めたバヌアツ民話集「Nabanga」の和訳紹介は、今回で完了、原本に収められた民話はこれで全部です。訳者に文学修行の経験がなく、こなれの悪い訳文で読みずらかったことと思いますが、ご愛読に心から感謝申し上げます。
昔々、アニワ島に赤いめんどりがいた。とても退屈だったので、もっと大きなタンナ島のロアンバケル岬に行ってみたいと思った。だが、海峡が広すぎて、どうしたら渡れるか、わからなかった。
めんどりは海岸を歩きまわり、遠くに見えるタンナ島の緑色のヤシの木や、火山から噴き上がる煙や、雲に隠れている高い山を眺めた。
ふと、良い考えが浮かんだ。その頃、アニワの青い入江には、ワニがたくさん住んでいた。めんどりはワニに会いに行った。めんどりが言った。「ねえ、あんたたち。ワニとめんどりと、どっちがたくさんいるか、数えてみない?」
ワニはちょっと考えて言った。
「それは面白い。だが、どうやって数えるんだい?」
「そうねえ」と赤いめんどりが言った。「先ず、あなたたちから数えましょう。良く聞いてね。ここから、あの遠くのロアンバケルまで、ずっと一列に並ぶのよ」
ワニもちょっと考えた。「このアニワのめんどりは、なかなかのりこう者だぞ!」
「あなたたちを数え終わったら、今度はめんどりを数えるのよ。そうすれば、ワニとめんどりとどっちが多いか、わかるわ」
「ガッテンだ。じゃあ、おれたちが一列に並ぶからな」
こうして、ワニは入江を出て、アニワからロアンバケル岬まで、一列に並んだ。めんどりは、ワニの背中をジャンプしながら、一匹一匹ていねいに数えた。
「ワニが一匹、ワニが二匹、ワニが三匹、、、」 そうやって海峡を渡り終え、タンナ島の浜に着いた。
めんどりは、大笑いしながら数え続けた。「バカが一匹、バカが二匹…! あんたたちは本当にバカだよ。ワニが何匹いるかなんて、どうでもよかったのよ。わたしが欲しかったのは、タンナ島に渡る橋! アニワに帰る時に、もう一度頼むからね!」
ああ、その話をするのは、ちょっと早過ぎた。めんどりは、まだ最後のワニの背なかの上にいたのだ。そのワニは、めんどりの話をよく聞こうとして、ぐるりと振りかえり、口を大きく開けて、一口でめんどりの尾羽をむしり取ってしまった。
「あっ!」とめんどりが叫んだ。「喜ぶのがちょっと早過ぎた!」
尾羽をなくしためんどりは、みっともない姿になって恥をかき、森に走り込んで身を隠した。めんどりにバカにされたワニは腹を立てて、南の島から北の方へ、行ってしまったとさ。
ポリネシアの神のマオリ・チキは、エマオ島ではムアイチキチキ、あるいはムワチキチキと呼ばれていた。その神様は、タンナ島のメレン山に住んでいたが、海底にルエイトンガという宮殿を持っていて、そこには水晶玉が二つあって、中に太陽と雨が納められていた。神様がどちらかの水晶玉を開けて、太陽か雨を出すのだ。
一年に一度、九月には、魔法の石の儀式をしなくても、その場所まで潜って行ける。もしその年が良い年であれば、洞窟の水は透き通っていて、奉納した供物は、海が洞窟の中まで運び込んでくれる。水が濁っている時は、潮流が供物を外海へ押し流してしまい、その年は争いが多い年として記録されることになる。
これは、グーンゲンが出来たばかりで、地面は裸で、木も生えていなかった時代の話だ。ムワチキチキは、タンナ島南部のエナルパンで、妻のペレプナプと一緒に暮らしていた。二人には子供がなく、そのことが気がかりになった時に、ペレプナプが身ごもった。
ある夜、ペレプナプがマットに横になっていると、一人の女がやって来て言った。
「ペレプナプ、今夜はとても静かだよ。魚を獲りに行こうよ。ココヤシをかがり火にして、道を照らしてよ」
独特の声の調子から、ペレプナプは、その女が悪魔だとわかった。
「だけど、あんたが誰だか知らないもの」とペレプナプは答えた。「わたしは眠たいのよ」
悪魔はしつこく言い続け、ペレプナプに催眠術をかけた。ペレプナプは、悪魔が自分を殺すつもりと分かっていても、悪魔に従うしかなかった。昏睡状態だったが、正気をとりもどそう、油断なく警戒しよう、と思っていた。森を出るちょっと手前の岩のところで、ペレプナプは身をかがめ、祖先の土地の土を一つかみすくい取った。
「もしもわたしが死ぬようなことになったら、自分が好きだった思い出と一緒に死のう」
悪魔がペレプナプを急かせて言った。「何をしているのよ。さあ、ヤシの葉を拾って、火を点けて、さっさと魚を獲るのよ!」
二人は岩の間を縫うように歩いた。二人が歩くと、貝殻が岩に押し付けられ、砂利が崩れた。突然、悪魔がペレプナプの後ろに回って、背中を押した。ペレプナプは石に滑って、叫び声をあげながら海に落ちた。暗闇の中で、叫び声とうめき声が交錯する凶悪な儀式が行われたのだ。
悪魔が叫んだ。「この世で一番きれいで、神様の妻だった女が死んだ! 魚に食いちぎられろ、むさぼり食われろ。おまえの名など二度と聞きたくない!」
ペレプナプは泳ごうとしたが、暗闇で、どっちへ行ったらよいか分からなかった。潮に流されて海岸から遠ざかったかと思うと、次の瞬間に引きもどされて、岩にたたきつけられた。岩につかまろうとしたが、ダメだった。つかまろうとする度に、悪魔がペレプナプの指をたたきつぶした。
「ダメだよ! 岩につかまれないよ。恋がたきの奥さん! 死ね!消え失せろ! 助かるチャンスはないよ! いなくなれ! 早く死ね! もうあんたの顔は見たくない! 波にのまれて死ね!」 悪魔が叫び、その笑い声が夜の闇をつんざいた。
ペレプナプは泳いで岩につかまることが出来た。やっと岩にはい上がったが、波にさらわれ、返す波でサンゴ礁に打ち寄せられた。手は血だらけ、息も絶え絶えだった。最後の試みも、岩にたたきつけられ、右手をひどく打って、失敗に終わった。
「死ねと言っただろうに!」と悪魔の女が繰り返し言った。
潮が引き、ペレプナプは疲れ果て、深みに引きずり込まれた。しばらくなされるままだったが、最後の力を振り絞り、もう一度泳ごうとした。
ペレプナプが流されて行くのを見て、悪魔が叫んだ。「サメに食われるがいい。 メチャクチャに食われてしまえ! これでわたしは猟師の神様の妻になれる。ムワチキチキの妻に!」
悪魔は、ペレプナプが身ごもっていたのを思い出し、タプガの浜で丸い大きな石を拾うと、それを飲み込んだ。腹が大きく膨れて、ペレプナプと同じように見えた。
「これでわたしはペレプナプだよ。わたしはきれいでしょう? わたしは神様の妻だよ! わたしの腹が大きすぎるって? そうかもしれないね。 何しろ孕んでいるんだからね。神様のムワチキチキの子だよ!」
また狂ったように笑った。それから女悪魔は「夫」のところへ行った。
一方、ペレプナプは深みで泳ぎ続けていた。子を宿していたことも、疲れを倍加させた。もうクタクタで、諦めるしかない状態だったが、力の限りもがき続けた。つぶされて血だらけの指も痛かった。傷ついた肉に塩水が焼きつくように滲みた。とうとう動けなくなった。
最後の力を振り絞って叫んだ。「わたしがこの島の漁師の本当の妻だ。最強の神の妻だ。たった今、サンゴ礁がこの海をかきわけて、わたしを休ませてくれ。」
ペレプナプがそう言い終わると同時に、サンゴ礁が急に上昇し、彼女は水面の上に出た。
ペレプナプは少しずつ呼吸を整え、こう言った。「サンゴ礁、もう少し大きくなってくれ。あそこの、エナルパンのカバの木、カズアリナを見たい!」
サンゴ礁は少し高くなった。
「もうちょっと高く。まだカバの木が見えないよ」
サンゴ礁はもう少し高くなった。
「もう少しで見えそうだわ。もうちょっと高くなって。そう、それで良い。見えるようになった。これで十分。わたしにはまだ少し勇気が残っているみたいだから、あれを作ろう!」
ペレプナプの左手に、タンナ島の土が少し残っていた。それを出来たばかりの地面にはり付けて、新しい島の基礎にした。そうしてから、体を休めて深呼吸をした。こうして、ペレプナプは新しい島に一人で住み始め、双子の男の子を産んだ。ナマキアとナキアだ。
双子は育った。ある日、一人が母親に尋ねた。「僕たちのお父さんはどこにいるの?」
ペレプナプは、水平線上の大きな島を指差して言った。「あの黒い点、あれはカバの木だけれど、お父さんはあそこに居るのよ。」
双子は水平線上の1点をじっと見つめた。
ナマキアが言った。「僕たちはまだ知らないことばかりだ。男は何を持つべきなのか、どうやって生きて行くのか?」
「男の道を知りたいの?」と母親が聞いた。「あの大きな島では、男たちは弓矢を使い、槍を使い、こん棒を使い、そしてカヌーを使うのよ」
「お母さん、どうやって使うのか、教えてよ」と二人が声を合わせて言った。
ペレプナプは答えた。「いいわ。男が知らなければならないことは、みんな教えてあげましょう。だけど、これだけは忘れないでね。どうやって自分を守るか、どうやって敵を倒すか。それを知らないと、殺されてしまうからね」
「カヌーの使い方を覚えて、海に出て魚を獲る。弓は、こうして矢と一緒に引いて、こうやって的を狙って、放つ。槍はちがうよ。大きいし、投げるのも難しい。後ろに引いて、こうして投げる。こん棒はこうだよ。いつも背中にくくりつけておいて、打つときはこうやるのよ。カヌーで魚を獲る。櫂を使って方向を定め、曲がるときはこうするのよ」
「お母さん、木を切りに行こう」と一人が言った。「くりぬいてカヌーを作るんだ」
「出来上がったら、お父さんに会いに行こうよ」ともう一人が言った。
皆で木を探し、くりぬいてカヌーが出来上がると、ペレプナプが言った。「よく聞きなさい。お前たちのお父さんは神様なのよ。お前たちは私にも行ってほしいだろうけれど、お前たちだけで行くのよ。お母さんは行けない。お父さんと帰ってきてはいけない。わかった?」
「お母さんの言う通りにしよう。お父さんに会いに行くけれど、帰ってくる時も僕たちだけだ。約束するよ」
翌朝、出発の準備が整った。ペレプナプは、旅の糧のラプラプと、渇きを癒すココナツと、眠るためのカバを与えた。
ペレプナプは最後の注意を与えた。「よく気を付けるのよ。お前たちの初めての長い旅の間、わたしはお前たちを追いかけ、声をかけ続けるから、それを良く聞くのよ」
今でも、ミッションベイのターミチの洞窟へ行くと、ペレプナプの声が聞こえる。海が静かな日、波が洞窟にうち寄せると、不思議な音が聞こえる。遠くからもよく聞こえる筈だ。それがペレプナプの声だ。
「わたしの声が聞こえたら、漕ぐのよ。聞こえなくなったら、エナルパンで波が引く音をよく聞くのよ。それがお父さんの声だからね。さあ、私にキスをして、行きなさい」
二人はカヌーに乗り込み、フツナからタンナの方に漕ぎ出した。母の声を聞きながら漕ぎ続けた。
一人が言った。「大きな島が近づいてきた。お母さんの声は聞こえなくなったが、お父さんの声が聞こえる。浜辺の音、砂浜から引く波の音、あそこに黒い点が見える。行こう!」
二人は漕いだが、カヌーをつける場所を間違えた。二人は母親の声を聞いた。「子供たち、行き先が違うよ。戻るのよ」
二人はまた漕いだ。潮騒の中から、エマルパンで波が引く音が聞こえて来た。父親の声だ。やがて二人は上陸した。
夜明けに、ムワイチキチキの手下の男たちが来て、何をしに来たのかと訊ねた。子供たちは、父親のムワチキチキに会いに来たのだと答えた。それを聞いた男たちは驚き、そして怒り出した。
「それはないぞ。ムワイチキチキがお前たちの父親の筈がない。彼には妻はいるが、子供はいない」
男たちは子供たちに飛びかかって殺そうとしたが、幸いなことに、子供たちが到着したことが神様の耳に届いていた。それで会うことになった。
子供たちが父親の前に出ると、隣に立っていた女悪魔が飛び上がって喜んだ。うまい生肉が食えると思ったのだ。子供が話を始めたが、女の頭にはごちそうのことしかなかった。
「僕はあなたの息子です。あなたは僕のお父さんです。この女は悪魔です。僕たちのお母さんを海に投げ入れて、タプガの丸い石を飲み込んで、あなたの妻だと思いこませたニセモノです。ほんものは僕たちを産んだお母さんです」
もう一人の子も行った。「そうです、お父さん。僕たちはあなたの本当の子供です。あの女は孕んだのではありません。丸い石を飲み込んだだけです。僕たちのお母さん、つまりあなたの妻は、この海の向こう側のフツナで波にのまれ、今も一人で暮らしています。僕たちをあなたの子供だと認めてください。もう騙されないでください。お願いだから、お父さん」
「たぶん、それが本当だろう」とムワチキチキは答えた。「そこの者たち、何か食べ物と焚き木を持ってきてくれ」
男たちは大きな焚火を焚いた。「火が出来ました。焼く肉はどこにあるのでしょうか」
「心配するな。今にわかるから」と神様が言った。
火が燃え尽きると、男たちは焼けた石を取り出した。ムワチキチキは、男たちに、あの女を捕らえて穴に投げ入れ、焼けた石で覆うようにと命じた。悪魔は逃げられなかった。苦痛の叫び声を上げ、しばらくするとはじけるような音がした。腹の中の石が爆発したのだ。ムワイチキチキはこれで証拠をつかんだ。
「この女はやっぱり悪魔だった。妊娠期間が長すぎると気付かなかったのは不覚だった。お前たちは私の息子だ。だが、お母さんはどうした?」
子供たちは海の向こうの小さな島を指差した。そして、父親を連れ帰ってはいけないと言われたことを思い出した。
だが、下の子が言い張った。
「この人は僕たちのお父さんだ。一緒に帰ろう」
こうして三人はフツナに向かった。ペレプナプは三人が来たのを見て、島を砂漠に変えた。子供たちは、その意味するところを理解した。上陸すると夜のとばりが降りた。子供の一人がその場を離れ、カバを持ち帰って、それを噛み始めた。もう一人の子もその場を離れ、出来たてのラプラプを持って帰って来た。それを見て父親は興味を抱いた。
「妻は俺の前に姿を見せないが、このラプラプは妻が作ったものだ。俺に対して何を怒っているのだろう?」
夜が更けてペレプナプは姿を表わし、厳しい口調で言った。「あなた方は三人で一緒に寝なさい。私は向こうで寝るから」
子供たちは父親のそばで横になっていたが、眠れなかった。どうしたら父親と母親が仲直りさせられるか、思いを巡らせた。下の子がうまい解決方法を思いついた。起き上がると、父親に小便をひっかけ、そして待った。ムワチキチキが起き上がった。
「ナキア、何をしたのだ? 俺は濡れてしまったぞ!」
父親はまた横になった。今度はナマキアが父親に近づいて、同じことをした。だが、今度はそれをペレプナプが目撃して、子供たちがしていることを理解した。
彼女はやっと許すことにした。「ムワチキチキ、子供たちがあなたを眠らせないから、こっちへ来て、わたしの横で寝たらどう?」
カバの中に3人の精がいた。最初の精の名はメルヴォン マウリペ、二番目はノーレンママ、三番目はトレタカイと言った。三人の精は、カバの精のチーフ、ネルンプレネドの支配下にあった。そのチーフは、エロマンゴ島の南西部のイシヴィ(アンチオク)に住んでいた。
ある日、ネルンプレネドは家を出て、島の反対側のポルトナルヴィンに出かけた。太陽と雨の精と会うためだった。その精はウマエゴーゴーという名で、洞窟に住む大蛇だった。二人の精は長いこと話し合っていた。そこへ、三人の若い女の悪魔、ヤムイモの精、バナナの精、タロイモの精が、ノンボの精と一緒に、カバの精を訪ねて来た。最初にヤムイモの精が進み出て、ネルンプレネドに話しかけた。
「偉大なお方、素晴らしいお方、あなたが大好きよ。結婚しましょう。よかったら、先ず友達になって、それから結婚しましょう」
カバが答えた。「娘よ、言ってくれ。俺から何がほしい? そして俺に何をくれる?」
ヤムイモの精が答えた。「私のそばなら、よく眠れるでしょう。そうして、男たちがあなたを飲んで、わたしを好きなだけ食べれば、カバの効き目が一層強くなる。みんなが私たち夫婦に感謝するわ」
ネルンプレネドは答えた。「おまえのプロポーズは面白い。だが、他の相手を探した方が良いぞ」
次にタロイモの精が進み出た。
「ねえ、偉大なお方、素敵なお方。もし結婚できるなら、先ずお友達になって、それから結婚しましよう」
カバは答えた。「もちろんだ。だが、その前に、おまえは何が欲しいのか、俺に何をくれるにか、本当のところを知りたい」
「わたしで作った食べ物が一番おいしいわ。男たちがあなたを飲んでから、わたしを食べる。男たちはカバを噛んで、吐き出して、私の葉がそれを受けるのよ」
カバの精は答えた。「おまえの申し出も面白いが、結婚相手は他に探してくれ。俺はお前には大きすぎる。俺を守ろうと思ってもできないぞ」
それから、フィジーのタロイモがネルンプレネドに言い寄ったが。カバの精はこれも断った。
「悪いが、おまえもおまえの姉たちと同じだ」
その場所からあまり遠くないイフォに、ナンベニアというココヤシの精がいて、もう一本のココナツの精のタコラウと話をしていた。
「ねえ、ポルトナルヴィンに行って、友達に会おうよ」
二人はポルトナルヴィンに出かけた。途中で、ウラピアの丘に住んでいる老女の精を追い越した。この老女の精はウンラトニと言った。
二人が丘のてっぺんに着くと、ウンラトニが聞いた。「ねえ、何をしているの? 散歩かい? 何かほしいものがあるかい?」
「そう、散歩の途中よ。そうしたらあなたに会って、、、」
「それで、何がほしいのかね?」
「ポルトナルヴィンに偉い人が居るって聞いたけれど、どうしてまだ結婚しないのかしら?」
ウンラトニが答えた。「あたしも一緒に行ってあげようかね?」
ココヤシの精のナンベニアは喜び、三人でポルトナルヴィンに向かった。イフォを通り過ぎ、ラヌレヴィへ下り、ポルトナルヴィンの丘の裏側に行くと、大きなブラオの木が見えた。そこでココヤシの精の女はラルポンナガーヴェの方を見た。そこにアンチオクのカバの精が居た。彼は、友だちの天気の精で大蛇のウマエゴーゴーと一緒だった。着飾ったナンベニアがウンラトニに頼んだ。
「あそこへ行って、わたしがあの男と結婚したいって、言ってくれないかしら?」
ウンラトニはウマエゴーゴーのところに行って、こう話した。「あそこにいる女が、あんたの友達と会いたいと言っているのだがね。結婚したいんだってさ」
大蛇はそれを友達に伝えた。
カバの精は女に声をかけた。「ここへ来い、ココヤシ。どうして俺と結婚したいのだ?」
「わたしのオファーはこうよ。男たちがあなたを土の中から掘り出し、わたしの樹皮であなたを拭いてきれいにする。そうしてからあなたを噛むのよ。次にすることは、あなたをわたしのスカート(ココナツの外皮で、エロマンゴの言葉ではニンゲスという)の上に置くの。それをわたしのジュースと混ぜ合わせ、搾って、わたしの果実の中に注ぎ込む。そのココナツを持ち上げて飲めば良いのよ。そうしてからわたしの果肉を食べる。こうしてあなたはハッピーになれるし、わたしもハッピーになれる。男たちは酔いしれ、わたしはその酔いを長引かせ、また飲みたくさせる」
それを聞いてカバが言った。「結婚しようじゃないか!」
最初の儀式が準備された。二人の精は、大蛇のウマエゴーゴーと一緒に、マラプという場所に行った。そこでネルンプレネドとウマエゴーゴーは、初めてココナツの殻でカバを飲んだ。ナンベニアが全ての準備をした。彼女は自分の体のあらゆる部分を使って準備を整えたのだ。
「さあ、カバを飲んでください。」と言った。
たくさんの人がいて、ココヤシの精とカバの精が結婚するのを羨んだ。若い女の悪魔たちは、ネルンプレネドに抗議した。
「わたしたちが求婚したのに、どうしてダメだったのかしら?」
女悪魔たちがあばれ、一人が、カバの精の持っていたカバを、地面にたたきつけてしまった。カバの精は怒った。こぼれたカバの脇に立って、怒鳴り始めた。カバの液が地面にゆっくりと吸い込まれて行くのをじっと見つめた。突然、彼は膝を折って、こぼれたカバの上に覆いかぶさった。今でも、彼の膝の跡が残っている。そうし終えると、妻の手を取ってラルポンナガーヴェに行った。カバの精とイフォから来た妻は、今でもそこに住んでいる。女が石に残した痕跡もある。二人は馬の精のようにも見える。
これが大昔にエロマンゴでカバがココヤシと結婚した話だ。ココヤシの精のイメージが残っている石を見たければ、ラヌレヴィエの村のポルトナルヴィンへ行くが良い。最初のカバを入れた入れ物も、マラプの黒い石になっているから。
この話はこれでおしまい。
あらゆる鬼や人を食う魔物が、すべて南の島から来ることは、疑うべくもない。セムセムも、カンペもトランスマも、みんなアナイチョムから来た。アナイチョムは、南の悪魔どもの巣窟なのだ。悪魔のナラキャンも、アナイチョムのウメジに住んでいた。カウリの木が採れるあのウメジだ。
ナラキャンは恐ろしい生き物だった。あいつは、男も、女も、子供も食った。特に子供が好物だった。周りの人間を食いつくし、生き残った者はだれもいなかった。男たちは弓矢、こん棒、槍で武装し、集団で捕まえようとしが、そいつはいつも逃げおおせた。ナラキャンは人間よりも強く、且つズル賢かった。身を隠して、遊んでいる子供たちを窺った。もちろん子供たちは危険に気付かず、ナラキャンは期待にぞくぞくしながら手を揉み、よだれをたらした。
「子供たちよ、おまえらは本当に可愛くて、うまそうだな。よく遊べ。もうちょっとしたら、お前たちは笑えなくなるぞ。おれ様の歯で、骨まで砕いてやるかな。遊べ、飛び跳ねろ、歌え、楽しくやれ!だが、おれ様はお前たちのことを忘れないぞ!遊べ、歌え、お前たちは、おれ様のものだ!」
鬼退治がうまくゆかないので、男たちは疲れ果てたが、ある時、うまい考えが浮かんだ。長い竹を切って樋にし、その端を鬼の棲む洞窟の入り口に据えて、水を流した。ナラキャンが溺れまいとして穴から出てくるだろうと考え、入口で待ち構えていたが、水を注ぎ込んでも、鬼は平気だった。ちょっと高い所に移動して水を避け、そこになっていた赤いバナナのフェヒをクチャクチャ食っていた。アナイチョムでナラクと呼んでいるフェヒは、鬼の大好物だった。もっとも一番の好物は人間だったけれど。鬼が穴から出てくるのを待ちくたびれた男たちは、あきらめて家に帰った。
しばらくして、ナラキャンは新鮮な肉を食いたくなって、悪魔の友達を訪ねて行った。ナスナレルヤンとその妻は、ナラキャンを大歓迎したが、そいつが自分たちの子供に強い関心を持っていることも知っていた。
「可愛い子だね。よく太っているじゃないか!」と大声で子供を褒めたが、腹の虫も鳴いていた。
次に、ナラキャンは天気を褒めた。
「今日は本当に良い天気じゃないか! 畑仕事に行ったらどうだい。俺が留守番をして子供の面倒を見てやるよ」
「いいえ、」と母親が言った。「子供は連れて行きますよ」
ナスナレルヤンは友達のことをよく知っていたし、その目的も理解していた。夫婦は子供を連れて畑に行った。子供はカウリの木の高いところに隠すことにした。
「俺はあいつのことは良く知っているぞ」と悪魔が妻に言った。「あいつは子供を食いたいのだ」
妻は子供を木の高いところにおいて、よく気を付けるように言い聞かせた。「ナラキャンに注意するんだよ。あいつのお腹は子供が大好きなんだから」
ナラキャンは子供を探したけれど、見つけることができなかった。「いったい、どこへ行ったんだ?」
腹がへって来た。森の中の石を一つ一つひっくり返してみたが、何もなかった。それから、木の上の高いところを見るという、素晴らしい考えが浮かんだ。カウリの木のてっぺんを見ると、そこに子供がいた。すぐさま木に登り、枝から枝へ飛び移った。だが、木のてっぺんの枝は、彼の体重を支えるには細すぎて、獲物に近付くことが出来なかった。頭にきて、別の方法を考えた。梯子を作って登り、子供を捕まえた。子供は精一杯の抵抗を試みたが、ナラキャンは子供を手の中にした。
「さあ食ってやるぞ、かわいい子ブタちゃん」と優しい声で言った。
彼は友達の息子を洞窟に連れ帰り、そこで殺して、焼いて、食ってしまった。本当にごちそうだった。
ナスナレルヤンとその妻は、木のところに戻って子供を連れ帰ろうとしたが、どこにもいなかった。妻が泣き始めたので、男は鎮まるように言い、復讐を誓った。彼は友達のナツムネルに会いに行った。そいつは悪賢い悪魔で、その悪賢さはあのナラキャンも追いつかなかった。
「俺は不愉快だ。ナラキャンのやつが俺の息子を食った。かみさんも俺も全くの錯乱状態だ。助けてくれぬか?」
ナツムネルが言った。「俺もナラキャンが大嫌いだ。お前の話を聞いて、ますます嫌いになったぞ」
二人はナラキャンに罠を仕掛け、そのあたりの悪魔全員に加勢を求めた。ナツムネルの聡明な頭脳が考えだしたプランに従い、ナスナレルヤンと二人でエビを採った。ココヤシの籠が二つ、エビで一杯になった。そうしてから、二人は幼い少年の姿になった。鬼の洞窟の近くへ行くと、二人は火を焚いた。海老がこんがりと焼けるうまそうな匂いが風に乗って漂い、ナラキャンの鼻をくすぐった。鬼は食欲にかられ、穴から出て来て煙を追った。
「おい、そこの可愛い子供たち、うまそうな海老を焼いているな。お前たちも本当にかわいいぞ!」
少年の1人が言った。「僕たちはもう腹が一杯だよ。海老が食べたいのなら、あげるよ」
ナラキャンは海老が好物だった。瞬く間に三匹の海老をたいらげ、残った海老も全部食って腹がいっぱいになった。食い終わると、大あくびをして、横になった。彼には友だちがいなかったから、髪の毛を編んでくれる者も誰もいなかった。男が髪を編むのは南の島の風習なのだ。
「髪を編んであげるよ!」と子供の一人が言った。
「いや、俺がお前の髪を編んでやる」とナラキャンが答えた。
だが、彼は疲れていたので、髪を編んでもらうことにして、その場に横になって眠ってしまった。その時、ナツムネルの命令で悪魔の全員が出てきて、ナラキャンが眠っている場所に集まった。二人の子供がナラキャンの髪を編むために梳き分け、編みあげる毎に、悪魔がそれを受取って、木の幹に結びつけた。ナラキャンは、子供が髪をきつく引っ張りすぎていると感じた。
「もうちょっと優しくやってくれよ。痛ッ、もっと優しく!」
「きれいになるんだから、ちょっとは痛いよ。髪を蔓でしばってあげているんだから。きっと喜ぶよ」
悪魔たちはナラキャンの髪をきつく結わえつけた。子供たちは静かに悪魔の姿に戻り、ナラキャンをこん棒で打ちのめした。ナラキャンは逃げようとしたが、ダメだった。彼の髪は木に結わえつけられていた。鬼が引っ張って木が抜けてしまったが、その時、悪魔全員が森から出てきて、ナラキャンの胴を槍で突き刺した。
ナラキャンの姿がアナイチェムから消えたのはその日からだ。